05年には産業再生法の適用を申請。06年に米投資会社ゴールドマン・サックスと組んで、出向者が多く責任があいまいだった第三セクターを事実上、民営化した。

 森岡氏は、再建に奔走するガンペル氏から「自らリスクを取るマーケティングのプロが欲しい」と請われて入社した。

 ただ、ハリー・ポッター導入にかかる費用は、年間売上高の半分に当たり、さすがのガンペル氏も慎重になった。実は、USJが開業後に米国から輸入した大型アトラクションは、04年の「アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン」だけだ。

 それでも森岡氏はハリー・ポッターの導入を諦めなかった。USJは、市場としての関西が地盤沈下する中、関東あるいは海外から客を呼び込まなくてはいけないのに、その武器となるコンテンツを持っていなかった。オーランドでは、ハリー・ポッターがその年の入場者数を3割増加させるほどの人気アトラクションになっていた。

 森岡氏は、3年がかりでキャッシュフローを増やし、最小限の借り入れで450億円を捻出するというプランを作り、説得にかかった。年間20億円程度の投資で集客を回復させ、そのカネでハリー・ポッターを造ろうというものだ。

 最終的にゴーサインは出た。それは、USJの存続を懸けることを意味していた。

 米ウォルト・ディズニーも狙っていたとされるハリー・ポッターの導入を正式に契約し、プランは実行に移された。毎年コンスタントに内部留保を増やしていかなければ、投資に対する借り入れが増える。借り入れ負担から破綻したテーマパークは枚挙にいとまがなく、USJ自身の過去がまさにそうだった。

 11年、東日本大震災が発生した。計画は頓挫したかに見えたが、覚悟を決めたガンペル氏は「バットを振れ」と、森岡氏たちを後押しした。

乗り物寄せ集め
家族エリア開発
その稼ぎでハリポタ

 カネを使わずにいかに集客するか。アトラクション導入の年間予算は20億円程度。東京ディズニーリゾート(TDR)にとってすればその金額は、夜のパレードに対する予算にすぎない。