「美大に入ってみたら、僕がいちばんヘタでした。奨学金を止められたらマズイというのもあって、必死で絵を描きました。マンハッタンは誘惑が多い街ですが、遊びに出かけることもありませんでした。それが、まったく苦にならなかったのは、やっぱり絵が好きだったからですね」

 とはいえ、世間は甘くはない。
 美大では何度も苦汁を舐めた。
 ある老教授からの仕打ちは、今でも忘れられないという。

 有名な教授で、とても人気のあるクラスだったそうだ。なんとか、そのクラスに潜り込んだ堤さんだったが、早々に「残念だけど、君には才能がない」とクラスを追い出されてしまう。

「そこを、なんとか」とクラスに復帰させてもらい、その教授に認められるようにめちゃくちゃに努力したそうだ。ところが、再び「やっぱり、君には才能がない」とクラスを追い出される。尊敬する教授から二度も「才能がない」と宣告されて、さすがの堤さんも落ち込んだという。

 もっとも、そんな目にあうのは堤さんだけではなかった。同じような宣告を受けて、クラスから脱落していく学生はたくさんいたそうだ。それが、堤さんの反骨心を刺激。屈辱を感じながらも教授に頼み込んで、そのクラスに通い続けた。「ここで折れたら、おしまいだ」と思って、「なにくそ」としがみついたのだという。

 きっと、そのような姿勢があったからだろう。
 堤さんは、徐々に力をつけ、トップクラスで美大を卒業するに至る。

「今でも、その教授のことは嫌いですね(笑)。だけど、その後も、“自分が思ってるよりも全然ダメ”という評価を受ける瞬間は何度もありました。その度に、黙々とやり続けたことがよかったと思う。そんな経験を重ねるうちに、まわりの評価に一喜一憂するのではなく、自分が好きなことをやり続けることや、自分が成長することにこそ意味がある、と考えるようになった。だから、ここまで続けられたんじゃないかと思います」