ある人に、この人は優しいからと連れて行かれて、あいさつをしたら、「が、が、がんばりなさい」と言われて、そうと知った。

 しかし、先代は落語をやる時には吃らなかった。しかし、楽屋などで弟子に小言を言う時には激しく吃る。

「僕の場合は前に出る吃りで、まだしゃべることができますが、師匠の場合は引き吃りですから、吃っちゃうと、言葉が続かない。でも、あそこまでいった人ですからね」

艶っぽさは師匠譲り
人の情けを懐かしむ

 先代をこう回想した圓歌は、「圓歌さんは先代に似てるんですか」

 という私の問いに、「しゃべり方は似ていませんけど、雰囲気は似てます」と答え、「先代も艶っぽいんですか」とさらに尋ねると、こう解説してくれた。

「あちらは芸が艶っぽい。三遊亭圓生さんが昔、『花魁なら俺の勝ちだが、お女郎やらしたら圓歌さんに敵わない』って言ってましたから。同じ色っぽさを出すんでも、花魁だと何か口に挟まっている感じを出すと色っぽいけど、お女郎だと、そんなことしなくても、胸の中に手を入れてちょっと格好つけるだけで色っぽいって圓生さんがよく言っていました」

 もてにもてた圓歌の現夫人、つまり、おかみさんは伊豆長岡一番の芸者だった。棋士の芹沢博文なども通ったと言われる。

 このおかみに一度だけ浮気がばれたことがあった。

 女のところから帰って玄関を入ったのに、いつものように弟子が出てこない。

「弟子は何してんだ」と圓歌が言うと、おかみが居て、「弟子じゃないよ、ちょっとお上がりよ」と上がらせる。

 部屋に入ったら、いきなり、包丁を突きつけられた。

「この1回だけですね、おっかない思いをしたのは」。こう振り返る圓歌だが、簡単に許してもらえたわけではない。

 最後は一龍斎貞丈と柳家小さんが謝りに来た。おかみが尋ねる。「うちの人が女抱いて、なんで先生方が謝りに来るの」。

 その通りだが、小さんなど、「悪かった。俺がそばにいたのに悪かった」とひたすら詫びる。