新吉原遊郭と共に栄えた「蹴飛ばし屋」の絶品鍋
今年で創業110周年を迎える『桜なべ 中江』さんは、拙著『蔦重の教え』(2014年・飛鳥新社刊)の冒頭にも登場する、吉原遊郭と深い関係にある老舗です。
創業時は吉原大門前に20軒以上の「蹴飛ばし屋(桜鍋屋)」がズラリと立ち並び、1日中賑わっていたそうです。
謂われによると、そもそもこの地に「蹴飛ばし屋」ができたのは、馬に乗って吉原を訪れた客が、揚げ代のカタに馬を置いてゆくようになり、馬の始末に困った人々が、つぶして食べるようになったからだとか。
馬肉は当時、肉の中で最も安く、即座に精がつく食べ物だったことが知られており、「馬力をつける」という言葉は、吉原で桜鍋を食べることが語源です。
「ピークが1日に5回もあったと聞いています。吉原に日帰りで訪れる客の、行きがけと帰りがけ。泊まり客の、行きがけと帰りがけ。最後に、吉原で働く男衆が、仕事納めに寄るので計5回と、24時間営業です」
お話いただいたのは、四代目店主の中江白志(なかえ しろし)さん。
「昭和33年の風営法改正時までは、お客様の100%が男性客でしたが、馬肉が低カロリー&高タンパクで、鉄分とコラーゲンと善玉コレステロールの宝庫で、美容と健康にとてもいいことが分かって以来女性客がずいぶん増え、現在では『肉食女子会』が行われるなど、50%以上が女性客」なのだそうです。
現在、『中江』でいただける馬肉は、北海道生まれの安全&安心な純国産馬で、九州の久留米の馬場で、食肉馬専用に育てられたもの。
熊本で消費する馬刺し向けの若馬とは違い、鍋にして美味しい『中江』用の馬は、煮ても肉に旨味が残るよう、脂が乗った6~7歳馬を使うのだとか。
「昔は、餌は道草だし、働けなくなった農耕用の老馬を食べていたはずだから、現在いただく桜鍋の方が絶対に美味しい」と、四代目。
吉原の「蹴飛ばし屋」の中では後発だった『中江』が、現在までただ一軒残っているのは、初代が桜鍋の割下に味噌ダレを加えてコクを出すことを考案したことによります。
この味噌ダレが馬肉に合うと評判になり、人々を魅了する味を作り続けています。