青くて硬い柿が、蟹の甲羅にめり込んだ

 蟹としては、いつものフレーズを思わず口にしてしまったのだろう。もとより本気ではない。でも首をちょん切るぞと言われて、さすがに猿もかっとした。こう見えても高崎山組の若頭の友人の舎弟の知り合いの従弟なのだ。舐めるのもいい加減にしてくれ。

「何だよそれ。人にものを頼んでおいて」
 「いいから早く投げろ」
 「わかったよ」

 言いながら猿は目についた青い柿を手に取った。赤くても口が曲がるほど渋いのだ。青い実ならば世界が終わると感じるかもしれない。知ったことか。少しは思い知ればいい。枝の上でバランスをとりながら、猿は青い実を蟹めがけて思いきり投げつける。二つの鋏で小さな柿の実を受け取ることができるはずがない。青くて硬い柿は、蟹の甲羅にめり込んだ。

「おいおい。参ったな。だから言ったじゃないか」
 笑いながら猿が言った。でも返事はない。よほど怒っているのだろうか。これはまずい。猿は用心しながら下に降りた。仰向けになった蟹はピクリとも動かない。起きろよ。冗談が過ぎるぜ。猿は言った。でも返事はない。二本の鋏はもちろん八本の脚もまったく動かない。どうやら当たり所がよほど悪かったらしく、死んでしまったようだ。さすがに猿はあわてた。でもこうなったら仕方がない。自分は悪くない。投げろと言われたから投げたのだ。しばらく周囲を見渡してから、猿は自分の家に向かって走り去った。

 猿が行ってしまったあとへ、そのときちょうど裏の小川へ友だちと遊びに行っていた子がにが帰って来ました。見ると柿の木の下に親がにが甲羅をくだかれて死んでいます。子がにはびっくりしておいおい泣き出しました。泣きながら、「いったいだれがこんなひどいことをしたのだろう。」と思ってよく見ますと、さっきまであれほどみごとになっていた柿がきれいになくなって、青い青いしぶ柿ばかりが残っていました。
「じゃあ、猿のやつが殺して、柿を取っていったのだな。」とかにはくやしがって、またおいおい泣き出しました。

(前掲書)