「はい、先生、アルコール綿です。顔に血液ついてますよ」と看護師さん。鏡を見ると血液がほくろのようにめがねや顔面にいっぱいついている。「アルコールで本当に肝炎ウイルス消毒できるのかな」といいながら、自分でていねいに顔についた血液をふき取る。執刀医のS先生は自分の体を気遣う様子もなく患者に寄り添っている。

 「どう考えても、感染症の手術は大変ですよね。今日みたいにB型肝炎ウイルス陽性の患者さんは注意できますが、輸血後肝炎は普通にしているでしょ。絶対ウイルスいますよね」とN先生。「そのうち発見されると思うけど、すべての患者さんの体液は未知のウイルスが存在することを想定して臨まないと、病気もらっちゃうね」と私。

 私たちの新人時代、医師や看護師が見習い研修時に針刺し事故を起こして、肝炎を患うことは珍しいことではなかった。インターフェロン治療や肝移植手術などの治療法があるのは現在のこと。C型肝炎が発見される以前は、肝臓を壊して職場から去っていった方が少なくなかったのである。

 同じように、今でこそ子宮頚部ガンはパピローマーウイルスの感染症で引き起こされていると考えられているけれど、あの頃はウイルス感染症で子宮頚部ガンが起こるとは、まったく想像もされていなかった。

 まだまだ発見されていない未知のウイルスはたくさんあると思う。急性疾患や目に見える病気の対処法は飛躍的に進歩したが、慢性の病気や体に異常をきたす病気の中には未知のウイルスが原因として存在し、医療従事者は常にその危険にさらされている。特に、飛まつや空気を介するウイルス感染症は、最前線に立たれる人々の体を簡単に襲う。

 今、新型インフルエンザに立ち向かう人々に対しては特別の思いを持たずにはいられない。