そんなTさんも過去に2度、離職経験がある。大学で就職した従業員1千人規模の食品スーパーは1年で辞めた。理由は「勤務時間が長く、仕事が面白くなかったから」。今では「甘かった」と笑う。その後入った服飾卸会社は入社4年後に倒産した。総務担当だったTさんは倒産処理をしながら、同僚の失業保険などの面倒もみた。

 倒産後、自宅に社労士の看板を掲げた。資格は最初の会社を辞めた後に取得していた。

 開業して5年で、顧問先は20社を数える。狭いながらも大阪市内に事務所を構えた。収入も順調に伸びてパートの事務員も雇っている。

 Tさんは「自分から営業したことはない」という。初めての仕事は、倒産した会社の同僚の依頼だった。仕事は人脈をたどって向こうから来た。独立後に学んだ経理学校の講師だった税理士は、「君になら」と自分の顧問先を紹介してくれた。キャリアカウンセラー養成講座の受講者仲間からの紹介もあった。その時は契約に到らなくても、紹介してくれた人のためだと思って相談に乗っているうち、2、3年してから仕事に結びつくことも多いという。

 Tさんは、相談に来る若者に「仕事では、すぐに結果を求めないことだよ」と、よく助言している。周りで悩んでいる人がいれば、手を差し伸べる。自分を頼ってくれた人には、キチンと対応する。「働く」とはそういうことなのだと、Tさんは伝えたいのではないか。

 キャリア・セミナーの日、大学の正門の前で、私がキャンパスの地図と案内状を見比べながら、これから行く教室を探していると「どこに行かれるのですか?」とメガネをかけた女学生が声をかけてくれた。「5号館です」と答えると「私もそちらに行きますから」と案内してくれた。

 これだけで、私はK大学のファンになった。そういうことで人の心は動くのだ。彼女の笑顔と質問した男子学生の少し思いつめた顔つきは対照的だった。


<新卒採用者に対する企業の「即戦力ニーズ」が、学生たちにプレッシャーを与えている。しかし、考えてみれば当たり前だが、学生は企業にとって即戦力にはなりえない。企業による教育研修と、実戦を通した仕事経験の積み重ねによって、若手人材はポテンシャルを開花させて成長していくものだ。そこに例外はない。企業が、そのような成長プロセスを説明すれば、文中の男子学生の悩みも解消されると思うのだが>

<次回は、これも学生を悩ませる「自己分析」を取り上げる>