その言葉を聞いた開高は、参りましたとばかり笑うしかなかった。悩みがちなこの小説家は井伏よりも先に逝ったが、井伏の長寿の理由はこんなところにあったのかもしれない。

 ひょうひょうとして動じず、悩みもユーモアで包み込む。好きなものを食べ、酒を飲む。井伏は特にウイスキーを愛した。「飲んだ時は酔った方がいい。飲んで酔わないと体に悪い」とうそぶき、二日酔いの解消法はぬるめの風呂に入り、ゆっくりと沸かしていくという体に悪そうな方法だった。それで酔いが冷めたら、また飲みはじめる。それでも95歳まで作家は生きたのだ。

 井伏が訳した「于武陵の勧酒」という詩は特に知られる。

「この杯を受けてくれ、どうぞなみなみと注がせておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」

 人生は思い煩うことなく過ごすべきだ。誰かと酒を酌み交わす時間、今、この瞬間、瞬間を大事にしなければいけない。そう、誰もがいつか別れるのだから。

※参考文献/『ウイスキー粋人列伝』矢島裕紀彦著