「いくら儲かる会社でも
大義のない会社とは付き合いたくない」

理念のない会社では働きたくない――。年齢を重ねるとそう考える傾向もある
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 少し前の話である。

 功成り名遂げたある“偉い方”から、「情報の取り扱いは慎重に」と念押しされた上で相談を受けた。「君もよく知っているA社から社外取締役になってほしい、と言われているのだが…、気が進まない」というのである。なぜかを尋ねると「A社には“大義”がないように見える」という。つまり、「儲かる」「役に立つ」以外のより深い何か。幸せな世の中を作り、技術や社会の発展に貢献していきたいといった「理念」がない、というのだ。

 私は会社の成り立ちや創業者の人となりを丁寧に説明したが、内心、この方の疑念はもっともだと思っていた。正直に言って、その会社のしていること、やろうとしていることに“大義”を感じることとが、私自身できなかったからである。そして結局、この方が社外取締役にはなることはなかった。

 企業に“大義”は必要なのか。これは、非常に大きなテーマである。企業の目的を「利益の追求」であるとする人から見れば、「社会に貢献したい」「より良い未来を創造したい」などというのは単なる綺麗事だ。「大義で飯は食えないよ」というわけだ。それは正しいと言えなくもない。

 しかし、「儲かるビジネスだ」「より便利になった」などと声高に言っても、本当にそれだけしかないと、その企業は長くは続かないのではないだろうか。人はパンのみに生くるにあらず、である。とくに、年齢がそれなりに上がってくると、「社会的意義がない仕事で稼いでも意味がない」とさえ思えてくる。若いときは、ビジネスはゲームであり、ゲームそのものが面白ければ十分に楽しめるのだが、だんだん「意味を感じられないこと」はやりたくないという気持ちが強くなってくるのだ(残念ながら、いまの生活を維持するためにしなくてはならないことはあるものの……)。