ベトナム戦争後の虚脱感を表現した
映画音楽界の雄ハーマンの遺作

◆「タクシー・ドライバー」(1976年)

 1976年「タクシー・ドライバー」は、パルム・ドール受賞作にして名匠マーティン・スコセッシ監督の出世作です。泥沼化したベトナム戦争が終わった後の、虚脱感が漂う米国社会の一断面を鋭くえぐった傑作です。

 舞台はニューヨーク。ロバート・デ・ニーロ扮する元海兵隊員のタクシー・ドライバー、トラヴィスは、“何か”を探して街を彷徨います。しかし、探しているものは何か、自分でも分からない。それは、ベトナム従軍後の喪失感故です。戦争の不条理は正義の意味をも相対化させ、やがて過激主義へと駆り立てます。そんな孤独なドライバーの心象風景が物語の核心です。

タクシードライバー サウンドトラック盤

 この作品でスコセッシ監督は映像と音を駆使し、1970年代半ばのニューヨークの断面を絶妙に切り取ります。そして、米国映画音楽界の雄、バーナード・ハーマンが最高の楽曲を提供します。特に、切なく物憂げなソプラノ・サックスの音色が映画のトーンを決めています。

 タクシー・ドライバーの撮影時、スコセッシ監督は未だ新進気鋭の若手でしたが、方やハーマンは「市民ケーン」や「北北西に進路を取れ」を始めとする傑作映画の音楽を担ってきた生きる伝説です。スコセッシ監督は、「音楽はハーマンしかいない」と確信しますが、累次にわたる依頼にも、ハーマンは首を縦に振りません。大御所にして超売れっ子のハーマンには、若手監督の作品に割く時間はないのです。

 しかし、絶対に諦めなかったスコセッシの熱意にほだされ、ハーマンはスコセッシが書いた脚本を読みます。そして「主人公トラヴィスがコーンフレークにバーボンをかけて朝食を食べる場面が気にいったから」と洒脱な理由で引き受けたのです。

 録音が完了したのは、1975年12月23日深夜、ハリウッドのスタジオでした。ハーマンはその出来映えに満足して自宅に戻り、妻と二人クリスマス休暇の準備に入ります。しかし……。

ジャクソン・ブラウン

 12月24日未明、ハーマンは急逝。「タクシー・ドライバー」が遺作となりました。

 そして、「タクシー・ドライバー」を引き締めているもう一つの音楽がジャクソン・ブラウン“レイト・フォー・ザ・スカイ”(写真左)です。トラヴィスが変貌する場面で、暗示的に使用されています。