両社の提携が投げかけた波紋
グローバルでの合従連衡加速か

 筆者は、連載第4回で「世界自動車大再編は第五幕に転じた」と述べたが、今回のトヨタとマツダの提携明確化はそれを裏付けるものとなってくれた。今後の両社の動きも気になるところだが、今回の提携発表は他の自動車各社の動向にも影響を与え、波紋を投げかけることになるのではないか。今後は、日本車各社の提携の枠組みが変化すると共に、グローバルでの合従連衡が加率されることにもなりそうだ。

 トヨタとの業提携発表会見から1週間後の5月20日、マツダはスポーツカー「ロードスター」の新車発表を行った。小飼社長への質疑応答では、「新車以外の質問は控えて」という発言が司会者からあった。「マツダ経営の紆余曲折を経て10年ぶりとなる4代目新型ロードスターは、マツダの象徴でもある。世界のライトウェイトスポーツカーの需要喚起の先駆けとしたい」と、小飼社長は新型スポーツカーへの自信をのぞかせた。

 確かにマツダは、かつてロータリーエンジンという独自の技術を持ち、中国地方の広島に本社を置いて主力サプライヤーも広島圏内に多いという、特徴のある自動車メーカーである。旧社名は東洋工業で、現地ではマツダの「マ」を強調したアクセントで呼ばれて親しまれている。地域への溶け込み方を見ると、まさにマツダ城下町を形成してきたと言える。

 だが、そのマツダの歴史は、存亡の危機に陥る時期もあったほど、苦闘の連続だった。同社は、東洋工業時代に行なわれた自動車資本自由化後の1979年に米フォードと資本提携。1980年代には国内販売チャネルをマツダ店、マツダオート店、ユーノス店、オートラマ店、オートザム店の5チャネル体制に拡大したものの、バブル崩壊で1990年代以降は業績も低迷し、存続の危機に陥った。このとき経営再建が行われ、それを主導したメインバンクの住友銀行の発言力が強まった。

 一方、1996年にフォードが出資比率を33.4%に引き上げ、社長を送り込んで以来、フォード出身の外人社長が4人続いた。それまで通産省(当時)や住銀出身の社長がいたこともあり、同社はいわば住友銀行やフォードといった外部の関係者に翻弄されてきた経緯がある。もちろん、フォード主導で「フォード流」が活かされた経緯も十分にあるが……。