もっともアサヒ・コムがやらなくても、いずれどこかの新聞社がインターネットに記事を無料で公開していたと思いますが、このことがインターネットのニュースを広告に過度に依存する構造を作ってしまったことは否定できません。新聞の収益というのは、広告と販売(つまり購読料)という両輪で成り立っているのに、アサヒ・コムは、ネット黎明期早々に片方の車輪をはずしてしまったのです。

 メディア業界では、その“過ち”を取り返そうとばかりに、広告収入だけでなく、課金収入によってもビジネスを成立させようと努力しています(できれば紙を購読してほしい)。うまく行っているかどうかはともかく、産経新聞のiPad版である「産経新聞HD」や読売新聞の「読売プレミアム」もそうでしょう。ユーザーにお金を払ってもらうのは簡単なことではありません。

新聞社の強みだった
「3種の情報」の価値が失われている

 私は、情報には3つの種類があると思っています。

 一つは「消費する情報」です。余暇などの時間で自分の心を満たしてくれたり、気分を発散してくれたりするような情報です。たとえば、映画や小説、ガイドブックなどです。映画を見終わったあと、小説を読み終わったあとに、「見てよかったな」「読んでよかったな」と満足することを期待してユーザーはお金を支払います。芸能人のスキャンダルや事件・事故も、ここに分類される情報かもしれません。

 二つ目は「投資する情報」です。その情報を買うことで、支払った金額以上のお金が戻ってくるような情報です。一番分かりやすい事例は、日本経済新聞の記事です。ビジネスパーソンであれば、誰もが読んでいるとされる経済紙で、業界ごとに深く取材された記事の数々や、スクープ記事によって、同紙を読んでいないライバルに差を付けたり、あるいはビジネスで共通の話題を提供してくれたりする必読の新聞と位置づけられています。株の売買指南のほか、競馬場の情報屋の情報もここに分類できます。

 三つ目が「公共の情報」です。人の生命や財産、生活、健康に直結するような情報です。NHKの報道や教養番組に対する受信料、新聞の1面に掲載されているような情報です。新聞の部数が減ったり、「市政だより」にお金を払いたいと思えなかったりと、このカテゴリが最もお金を支払うモチベーションに欠くかもしれません。