一方の姫さんはパッと部屋を出ていって、どこに行ったか分からない。実は隣の建物に周総理が待っていました。周総理に報告に行ったんですね。姫さんは10分から15分して戻って来ました。そして「いろいろ検討した結果、あなたの案をすべて受け入れます」と言いました。この表現でいいというので、大平さん一行がものすごく興奮する。これがまとまらなければ、共同声明の調印が無理だったからです。

 私は翌朝のご飯の時に姫さんのところに行き、頭下げて「部長、夕べは大変失礼なことしました。おっしゃった通りです」と謝りました。

「君、外交部に入って何年目?」「確か12年です」「一通訳の君がこれでよいとは何事だ。これは歴史に残る文章ですよ。外交部長の私でさえ決める権限がない。12年間の外交官経験ではまだ不十分です。これを一生の教訓にしなさい」と。また批判されるんじゃないかと心配したのですが、「君の意見そのものは正しかったです。ただ、君の過ちは、言うべきではないということです。これを忘れないように」と。これで私は安心しました。

大平外相を信頼し切った周総理

――正常化交渉では台湾を巡る問題も大きな焦点の一つだった。日本政府は1952年に台湾にあった国民党政府の中華民国と日華平和条約(日台条約)を結び国交を開いていたからだ。

 台湾問題も議論が激しいテーマの一つでした。

 台湾問題については外務省の高島益郎条約局長が、第2回の首脳会談で発言したのがきっかけでした。

 中国側は田中総理の訪中の前に、訪中した公明党の竹入義勝委員長に、国交正常化の条件として、「復交三原則」を提示していました。一、中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府である。二、台湾は中国領土の不可分の一部である。三、日台条約は不法であり、無効である――です。一と二については日本側も認めたのですが、三について日本側は非常に躊躇した。

 竹入さんたちの説明では「不法」であるというのは受け入れられない。というのも、この条約は日本の最高機関である国会が承認した。二十何年後に日本政府がこれは不法であると認めるということは、法律を無視、国会を無視で、田中内閣が倒れるというんですね。それなら「無効」はどうかと提案したが、無効も少し危ない、と。

 それで表現は中国に来てから議論しましょうということになっていました。それを、高島局長が首脳会談で、日台条約は「不法」なものだとは認められないと説明したわけです。周総理は最初我慢をして聞いていたのですが、「あなたたちはケンカをしにきたんですか?それとも問題を解決しに来たんですか」と怒りました。

 大平さんが「周総理、私に任せてください。高島の発言は個人の意見であり、不法に関する我が外務省の意見を説明したい」と。周総理は大平さんをもう信頼しきったのでしょう。具体的な表現の方法は大平さんに任せる、と。周総理はそのぐらい大平さんを信頼していた。