かくも生きづらい不寛容な日本社会

 もちろん、子どもが泣き叫んでも無視してお喋りをしているような母親もいるだろう。しかし、それはマナーの問題だ。分煙を守らず路上喫煙する人と、ただの愛煙家を分けて考えなければいけないことと同じである。子どもの泣き声自体は“悪”ではないのだ。

 少子化の影響で自分が子育てをしていないことにより当事者の気持ちがわからず、イライラしてしまう人が増えているという指摘もある。しかし、こうも世間の目が冷たければ、いざ自分が子どもを産んだ時に萎縮してしまう人も増えるだろう。筆者も子どもがいないが(というか、結婚すらしていないが)、いつか子どもを授かったときのことを思うと憂鬱になる。

 これでは、少子化の波が止まるはずがない。どこかのアナリストが、「子どもの泣き声やベビーカーにイライラする人が及ぼす経済損失」を試算して、発表してくれないものか。

 こうした不寛容な社会に面倒くささを感じる場面はほかにもある。

 例えば、居酒屋で店員の些細なミスに激怒する人。こっちは気持ち良く飲んでいるのに、過剰なクレームを聞かされて気分が悪くなり、楽しい場が台無しになる。もしかしたら、その手の人はクレームを言い、店員を懲らしめる権利が自分にはあるのだと思っているかもしれない。しかし、少しはこちらの「楽しく飲む権利」にも心を向けてほしいものだ。

 コンビニのレジでもたつく老人に、舌打ちをしている人も見たことがある。駅前のコンビニだったこともあり、電車の時間を気にしていたのかもしれない。確かにコンビニはスムーズなレジ対応が魅力だし、気軽に速く買い物ができることもサービスの一つだという見方もある。しかし、たった1、2分待つことを許容できないような、余裕のない生活をしていること自体どうなのか。もっと時間にも心にも余裕を持ってほしいものだ。

 電車の中で騒ぐ外国人観光客にだって、「日本が楽しいんだな」くらいに思っていればいい。