森は釈然としない思いのまま、リストをつくり直し、山瀬を経理の部長にした。山瀬のライバルと思える、頑張っている社員らの顔が浮かぶ。人事の責任者でありながら、いいのだろうか――。こんな思いが強くなる。

 白石に見せると、今度は「内村を課長にしてもらいたい」と言い始める。内村とは、白石が40代前半の頃、課長だったときに仕えた部下だ。現在、40代前半の女性である。いとも簡単にその場で「課長昇格」となった。

 しかし内村はいわくつきだった。育児休業で1年ほど休んだ後、すぐに2度目の育児休業に入り、仕事を長期間休んだ。当時の部署の課長が「こんな女の面倒はみられない」と悲鳴を上げた。やっと休業が明けた後の数年間は、仕事の処理が遅く、同じ部署の社員からも不満の声が強かった。その後もトラブルは絶えない。こんな女性を課長に……?

 森は、白石の「悪乗り」に反論したいと切に感じたが、何も言えない。リストをつくり直し、内村を課長にした。次第に良心の呵責すら感じなくなっていることに気がつく。

老いてますます盛んな老害社長と
肉食専務のせいで人事は滅茶苦茶に

 翌日、白石から呼び出しをまた受けた。今度は、「社外取締役として、石田直美をリストに入れてほしい」と言い始めた。石田直美とは、フリーの経営コンサルタント。数年前、夫に先立たれた50代前半の女性である。

 十数年前、白石が企画室の部長になった頃、何かのきっかけで知り合ったらしい。橋渡しをしたのは、山瀬だったとも言われる。石田は目が大きく、鼻筋が通り、白人のような雰囲気がある。22歳の娘がいるとは思えない美しさだ。

 彼女の夫はいつからか酒浸りとなり、死に至った。はるか前から「仮面夫婦」だったという。白石は当時から、この女性を狙っていた。何度も声をかけていたようだ。夫の葬式にまで顔を出したらしい。白石は小さな頃から、欲しいものはほとんど手にしてきた。他人の妻だろうと狙ったものは放さないのだろう。

 森と金田は、2人だけで酒を飲むとき、「老いてますます盛んな肉食専務に、老害の社長」と社内体制を揶揄し、乾いた笑い話になる。

 森が社内の情報筋から聞くところによると、社長は会長になる準備をしているという。設立60年で初めて設けられる「会長職」である。社員が280人しかいない会社で会長に居座るあたりが、この男の責任感がいかに希薄であるかを立証していると言えるだろう。