年々増え続ける児童虐待。痛ましい事件は後を絶たない。たとえ虐待の現場から救いだされても、傷ついた心を癒し、再び社会に戻るのは容易ではない。子どもたちは様々な壁を乗り越え、社会で生きていくことはできるのか。カメラは、心の治療に取り組む施設に500日間密着した。
長崎県大村市にある「大村椿の森学園」。ここで暮らす36人の子どもの多くが、虐待や育児放棄を繰り返す親から保護された。施設では職員に対する暴力など、子ども達の問題行動が後を立たない。人ときちんと話し、うまく関係を結ぶことができないからだ。
一般に、人は母親などから大切にされることで“愛着”と呼ばれる強い絆を持ち、その愛着を基に他の人と関係を築いていく。しかし、虐待を受けた子どもの多くは愛着が結ばれず、社会性が身につかない。施設ではスタッフ40人が親の代わりとなって子ども達の心のケアに当たっている。
心に傷を負った少女
の「その後」
去年3月、職員に暴力を振るう少女がいた。アオイさん、17歳。まもなく、施設を退所する予定だ。児童福祉法の規定で、原則18歳までしかいられないからだ。アオイさんは幼い頃から実父と義母から激しい虐待を受け、家出を繰り返した。
「裸で外に放り出されたり、風呂に顔を押し込まれたり。それでも親に振り向いて欲しいから家出を繰り返した。迎えに来てくれるのがうれしかった。でも最後は施設に入れられた・・・」
6年前施設に来たとき、アオイさんは心を開かなかった。原因は親との愛着が結ばれていないためだと医師は判断した。そんなアオイさんがいま、頼りにしている職員が鳥羽瀬康子さん。学校のことから身の回りのことまで何でも相談できる相手だ。「鳥羽瀬さんってどんな存在?」という質問に対し、「そばにいたらウザイけど、離れたら会いたくなる」と答えるアオイさん。
現在、施設から地元の普通高校に通っている。教師や同級生と付き合うことが、社会性を身に付ける一歩になる。しかし、毎日通うのに苦労している。
一学期の終わり、事件が起きた。人間関係のストレスから、学校の備品を持ち帰ってしまい、謹慎処分が下された。学校を辞めたいと言うアオイさんに対し、鳥羽瀬さんは自分の気持ちと向き合おうと呼びかけた。しかしアオイさんは、「他人に心のうちを教えるつもりはない」と突っぱねてしまう。愛着が十分形成されていないため、鳥羽瀬さんをも「他人」と遠ざけてしまうのだ。
新学期が始まると部屋に引きこもってしまうアオイさん。鳥羽瀬さんはそんなアオイさんに長い間寄り添った。一方で、環境づくりにも奔走した。高校に出向き、教室ではなく、ひとまず保健室などへの登校を認めてもらった。自分の知らないところで鳥羽瀬さんは動いてくれた。「頑張ろう」と何度も声をかけてくれた。
新学期開始から1ヵ月。学校へ行く決意を固め、登校を再開したアオイさん。徐々に対人関係に苦しむことが減った。社会に出る自信もついた。「きつい時、鳥羽瀬さんの顔が浮かぶ。私は一人じゃない」。椿の森学園に来て6年。鳥羽瀬さんとの間で結ばれた愛着は、少しずつアオイさんの心を満たしている。