家の外からでは状況がわかりづらいから、周囲は一般論と照らし合わせて「大したことではない」と判断してしまう。また、それ以上に恐ろしいのが、子ども自身が「ひどい言葉を言われても親は悪くない。悪いのは自分」「自分が反省しなければいけない」「何があっても親を愛さなければいけない」と思い込んでしまうことだ。親を愛さなければいけないという気持ちと、親からのひどい仕打ちを拒否したい感情の狭間で、子どもの心は次第に凍りついてしまう。

 だが、いったん子どもが親の異常さに気づいたとき、子どもはすごいスピードで親の元から去ろうとする。『ゆがみちゃん』の主人公は、バイトで貯めたお金で家を出て、まったく縁のない地方まで引っ越し。さらに結婚後は分籍と転籍を行って、親からの追跡を完全に断とうとする。他のケースでも、親との縁を何とか断とうとする子どもは多い。

“毒親”は子どもが親と自分を
切り離すための言葉でもある

 1999年にすでに『毒になる親 一生苦しむ子供』(スーザン・フォワード、玉置悟訳)が出版されているが、「毒親」という言葉は「子どもを苦しませる親」という意味で使われることが多い。最近はマスコミで取り上げられることも多いことから、「毒親ブーム」と言われたりもする。

 しかし一方、田房永子さんは最新刊『それでも親子でいなきゃいけないの?』の中で、「親を罵るための蔑称じゃない」と書く。「“毒親”は子供が自分と親をきりはなして考えるための言葉」というのだ。親が「毒親」かどうかを判断する基準は子どもがツラいかどうかであり、親を「毒親」と認識することで初めて子どもが救われ、自立に向かえる場合があるのだ。

「毒親」と言われる親たちは、子どもを過剰にコントロールする傾向が強い。いつまでも子どもを自分の見える範囲内に置き、自分の都合のよいように扱おうとする。子離れができない究極の形とも言える。普通の家庭では子どもが一定の年齢に達すると親は彼らの自立を見守るが、子どもと自分を一体化しようとする「毒親」は子どもの自立を認めようとしない。自由を求めて子どもが親の元を脱出するための方法が、「愛さなければいけない存在」だった親を「毒親」と認識することなのかもしれない。