経済評論家の山崎元さんと、好評発売中の新刊『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』の著者・田渕直也さんと対談(後篇)です。
多くの投資家の心を惹きつけてやまないチャート分析について、プロのお二人はどのように考えているのか。また「12の致命的な誤解」にも追加できそうなテーマとして、長期投資に関する重要な誤解について語っていただきました。(構成協力:大越裕 写真:疋田千里)

プロはチャート分析をどう使う?

――田渕さんの『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』で、最も読者の関心を惹くのはチャート分析に関する章のようです。チャート分析に関するお二人のお考えを改めてお聞かせいただけますか。

田渕 本のなかでは、「チャートは全てを語る」も「チャートはオカルトである」も、どちらも誤解であると書きました。チャートパターンの多くは幻想であり、チャート分析が当たっているように見えるのは「後付効果」が原因で、「人はチャートの中に、自分自身の心理を映し出しているだけ」だと私は考えています。一方で、オカルトであると切り捨てることにも否定的で、相場の現状を理解したり、自分の投資シナリオを検証したりするツールの一つとして活用することには意味があるとも思っています。

山崎 私は、基本的には一般の投資家がチャートを見ることにはあまり益がなく、リスクの方が大きいと思っています。チャートは過去の情報を縮約して、俯瞰してみるには有効なツールですが、それはあくまで「過去」のデータに過ぎない、という捉え方ですね。チャートというのは、ビジュアルでわかりやすいからこそ、危険なんですよね。例えば日本で最もポピュラーな「ロウソク足チャート」を見ていると、何となくこれから下がりそう、上がりそうという判断がつきそうな気がします。しかし実際には、チャートを元にした予測はほとんど当てにならない。もし見るなら、どのタイミングでどのようなニュースがあり、それに対してマーケットがどのように反応したかというようなマーケットの状況をあわせて見るべきだと思います。

山崎元(やまざき・はじめ) 経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員、獨協大学特任教授。株式会社マイベンチマーク代表。 1958年、北海道生まれ。1981年東京大学経済学部卒業、三菱商事に入社。その後、野村投信、住友生命保険、住友信託銀行、シュローダー投信、NBインベストメントテクノロジー、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一證券、第一勧業朝日投資顧問、明治生命保険、UFJ総合研究所と、12回の転職を経て現職。資産運用及び経済全般の分析・評論を専門とする。1994年東洋経済高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。『ファンドマネジメント』(きんざい)『転職哲学』(かんき出版)、『全面改訂超簡単お金の運用術』(朝日新書)、『学校では教えてくれないお金の授業』(PHP研究所)など著書多数。

田渕 マーケットの状況もあわせて見るのが必須ですね。

山崎 あと、ずっとチャートだけを見ていると「チャートで予測する」という癖がついてしまうんですね。チャート分析に凝りだして、一日に何時間も見るようになる。そうなると、その時間投資をムダにしたくないから、ますますチャートに依存してしまうようになる。

田渕 ダイヤモンド社からも、チャート分析の本はたくさん出ています。一般の投資家にとっても、チャートは視覚的なインパクトがありますし、人気がありますからね。私も銀行でディーラーをやっていましたので、業務の中でチャートの分析はかなりやりました。好きか嫌いかでいえば、好きなほうだと思います。フィボナッチ数を使ったチャートの分析にもハマりましたね。フィボナッチ数列は自然のなかの貝殻の模様の造形や、すばらしい芸術作品の構造に隠されていると言われる美しい数列ですが、それを元に相場の予想をして予想が当たると、世界の神秘を見つけたような気持ちになったものです。ただ有効に見えるチャート分析についても、他の局面でも本当にそうなのか多角的に検証してみると、結局、長期にわたって予想が当たっているものはないんですね。ある特定の期間だけは当たっているように見えても、別の期間では大ハズレということがよくありました。

山崎 私は当初からチャート分析は受け付けなかった。若い頃に勤めた会社で周りの同僚や先輩が熱心に勧めてくるので、徹底的に言い返してやり過ぎてしまった思い出があります(笑)。そもそものパラドックスで、誰からも文句が出ないような素晴らしいチャート分析のメソッドがあったとすれば、みんなそれを使って投資しますよね。

行動ファイナンスを学んでも勝てない

田渕 何かうまくいきそうなものに、無批判にすぐに飛びついてしまうというのは、最近流行の行動ファイナンスでも見られますね。行動ファイナンスについていちばん言いたいことは、行動ファイナンスは往々にして(投資で合理的に利益を上げることはできないという)ランダムウォーク理論と対極のものと捉えられていますが、それは大きな誤解だということです。行動ファイナンスを学べば市場の歪みを利用して利益を上げられるなんて、皆さん簡単に言われますが、本当は「歪んでいるのは自分自身であること」に気づくのが大切なんですよね。

山崎 美人投票の話でいえば、明らかに誰が見ても「美人」だと、すでに票が集まってしまって伸び代がない。今は「ブス」だけど将来みんなに認められるようになる伸び代があるものにこそ投資する価値がある。そうした真の投資価値を捉えるためには、自分自身の心理に逆らうことが必要なんですよね、行動ファイナンスを学んだから勝てるわけではない、ということは私も声を大にして言いたいですね。

田渕 ありがとうございます。

山崎 金融関係の会社で働いている人はとくに言えますが、歪みを克服しないで、みんなと一緒にバイアスに上手に乗っているほうが、サラリーマンとしては出世するんですよね。しかしそれでは、投資の世界でよく例えに出される「美人投票」の例え通り、勝つことはできません。

田渕 その時点の「美人」じゃなくて、「ブス」にかけたほうが伸びしろがある、という理屈は、誰でも理解できると思うんですよ。しかし実際に手持ちの金を投資しようとなると、そういう視点がすぽっと抜けてしまって、みんなが選びそうな「美人」に持ち金をかけてしまう。だから投資でいちばん難しいのは、頭で考えることと、実際に投資をすることの「差」をなくすことだと思います。

「長期投資はリスクが少ない」という大きな誤解

――山崎さんの『図解 山崎元のお金に強くなる!』にあって、『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』では取り上げなかった「誤解」が、長期投資に関するものです。

田渕直也(たぶち・なおや) 1963年生まれ。85年一橋大学経済学部卒業。同年、日本長期信用銀行に入行。デリバティブを利用した商品設計、デリバティブのディーリング、ポートフォリオマネジメント等に従事する。その後、海外証券子会社であるLTCB International Ltdに出向。デリバティブ・ディーリング・デスクの責任者を務める。帰国後、金融市場営業部および金融開発部次長。銀行本体のデリバティブ・ポートフォリオの管理責任者を務める。2000年より、UFJパートナーズ投信(現・三菱UFJ投信)にてチーフファンドマネージャーとして、債券運用、新商品開発、フロント・リスク管理、ストラクチャード・プロダクツへの投資などを担当。現在、金融アナリスト、コンサルタント。株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。著書に、『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『世界一やさしい金融工学の本です』『デリバティブのプロが教える金融基礎力養成講座』『確率論的思考』(以上、日本実業出版社)、『カラー図解でわかる金融工学「超」入門』(サイエンス・アイ新書)などがある。

山崎 日本では金融機関に勤めるプロのなかにも「長期投資はリスクを縮小させる」と信じている人が多くいますが、これは明らかな誤解です。この説が広まったのは、1973年に刊行されたバートン・マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー』(日本経済新聞社)という本が、金融関係者の間でベストセラーになったことに一因があります。同書は資産運用の大変すぐれた啓蒙書で、私も大学の授業でテキストに使ったりしていますが、長期投資リスクについての説明だけは、根本的に間違っているんです。しかし市場関係者で、マルキールの意見をそのまま鵜呑みにしている人が少なくない。長期投資のリスクは、年あたりで見れば少し小さくなりますが、リスクの絶対量は長期になるほど大きくなるんです。

田渕 長期投資では時間とともにリスクが広がっていく、というのは理論的にも明らかですよね。私は別の観点でウォーレン・バフェットを例に出していますが、「長期的な価値を人は見誤る」傾向があるので、もし長期的な価値をバイアスに惑わされずに見出すことができれば長期投資は意味のあるものになるという考え方をしています。ただ、リスクに関しては、先ほどお話に出た「分配型の投資ファンドは長期だから安心です」という銀行員の売り文句は、完全なロジックのすり替えですよね。そのままずっと下がり続ける可能性も十分にあるわけですから。

山崎 長期投資だから大きなリスクをとれる、ということもありません。若い人は余命が長いですから、老人に比べて多くの「人的資産」を持っています。だから老人に比べて、金融資産の中でリスク資産の比率が高くてもいい傾向がある。そう考えれば、リスクの高い長期投資を若い人がやることには、意味があります。

田渕 長期投資をやるのであれば、リスクを抑えめにするのが基本だと思うんですよね。短期の投資家は、レバレッジをかけることも多いと思いますが、長期投資で莫大な利益を何十年にもわたって上げ続けているバフェットは、いっさいレバレッジをかけません。リスクは抑えるけれど、「長期的に見て必ず経済は成長するはずだ」という信念に基づいて投資しているわけですね。ちなみに、私はデリバティブの出身なので、その理論の元となっている「効率的市場仮説」を出発点として市場を考えます。アクティブ投資で成功するのが難しいのも、市場がかなりの程度、効率的であるからだと考えてきましたが、山崎さんの本を読ませていただいて、そうではなくて、市場が効率的でなくても、結局市場の平均には勝てないのだ、というのは目から鱗が落ちる思いがしました。

山崎 市場関係者に情報が行き渡って、常に正しいプライスに収斂する、というのが効率的市場仮説ですよね。でも、市場が効率的でなくてミスプライスがあっても、それを見つける能力がみんな変わらないのだとすれば、誰も儲けられないわけで、同じことなんです。私は長年、株式のファンドマネージャーをやっていましたが、「トヨタの正しい株価はいくらか」と言われてもわかりません。「昨日の株価いくらだっけ?」というところから考え始めるしかない。そう考えると市場参加者のほとんど全員が、個々の企業に関して、適正な資産価値を把握していないといっていいわけですよね。そういう状況だからこそ、市場平均に投資してしかも手数料の安いインデックスファンドが有利になる、という現象がどうしても起こる。結局、ミスプライスを誰も利用できないわけだから、手数料と売買コストの高いアクティブファンドはインデックスファンドよりも不利になるわけです。

田渕 そのとおりですね。

山崎 マルキールに関してさらに言えば、ドルコスト平均法はすごくいいものだ、と書いているし、55歳を過ぎたらインカムゲイン中心のポートフォリオを作れとも書いています。でもインカムゲインとキャピタル・ゲインというのは簡単に入れ替え可能なものだし、ましてや今、個人向け商品というのは、リスクをインカムゲインにすり替えるという手口で売られているものなので、必ずしも年寄りにインカムゲインが向いているわけではないんですよね。

田渕 結局、投資で長期にわたって超過リターン(市場平均を上回るリターン)を得つづけることって、ものすごく難しいことなんですよね。一回だけ勝つのは難しくないかもしれない。でも、長い期間で見れば、超過リターンがゼロに近づいていくのに、先程の話のように手数料の分だけは確実にマイナスになってしまう……。

「どの株を買えばいいの?」と聞かれたら

田渕 じつは今日、いちばん山崎さんに伺いたかったのは、親戚や友人から投資について素朴な疑問を受けたときに、独立して活動する金融のプロとして、どういう答え方をすればいいかなんです。たまに古い知人から「投資をやろうと思うんだが、まったく知識がないので、今この瞬間に、何を買えばいいか教えてくれ」とメールが来たりするんですよ(笑)。

山崎 私の友だちの場合、「山崎にそんなことを聞いたらどれだけバカにされることか」とみんな思っているので、そういう連絡が来ることはありません(笑)。
 そのうえで、いろんなケースが考えられますが、ベーシックな対応としては、「自分がとれるリスクを、自分の払える金額の範囲でとればいいと思うよ」ということに尽きるでしょうね。先日ある株式評論家の方とも雑談していて話に出たのですが、素人の人がアドバイスを求めてきたときはたいてい、具体的な株価に影響を与える材料をもった、いわゆる「材料株」の名前を出さないと喜ばないそうなんですよ。「トヨタとかキヤノンがお勧めですよ」と言っても納得しない。それに私は証券会社に勤めているから、コンプライアンスの問題があって個別の株名は出せないんですが。

田渕 私も個別の会社名は言わないようにしています。「どの銘柄を買えばいいんだ?」「これからドルは下がるのか」といった質問をされたとき、私はいつも「予想なんかできないよ」「そういう単純なものではないんだ」と話すのですが、なかなか納得してもらえないんです。山崎さんの『図解 山崎元のお金に強くなる!』をまず読むように薦めて、あとは粘り強く話し続けていくしかないですね。今日は、山崎さんと初めてお会いして、お互いに考えていることが共通していることがよくわかって、実り多い時間を過ごすことができました。

山崎 投資について、一般の人が抱いている「誤解」はまだまだ沢山あると感じています。田渕さんと私で、お互いに少しでもそうした誤解を解くことに貢献できたらいいですね。これからもがんばっていきましょう。