この娘は成長して、次々と母親の期待を裏切り、ついには、妻を亡くした3人の子持ちの騎手と結婚したいという。吉永正人である。

「娘をたぶらかしたあの男を、私は鉈で頭を叩き割ってやりたいほど憎い」

 こう言って怒る母親を、吉永正人は1人で訪ね、黙ってその前に、競馬で馬を追うときに使う鞭を差しだした。

 そんな一幕もあって2人は結婚したのだが、その吉永みち子と私は1993年秋に『男の魅力 女の引力』(労働旬報社)という対話集を出した。共に40代のころである。

 その時、彼女は多くの人に驚かれたらしい。「どういうお知り合いなんですか?」と訝しげに尋ねられたとか。

 実は講談社の編集者に紹介されたのだが、吉永は『佐高信の男たちのうた』(七つ森書館)の解説で、その折りの心象風景をこう書いている。

「カタギさんから見ればウラの世界とされていた頃の競馬に縋って生きてきたような人間は、きっとバッサリと切って捨てられるに違いないと身構えつつ、開き直って出かけていったものだった。

 しかし、会った瞬間に脅えも緊張もすっかり忘れた。うっかり忘れたのではなく、そんな構えを必要としない人だと察することができたから忘れられたのである。初めての人と出会った時、どんなやさしさで接してくれようとも、私は人の目の中に一瞬宿る憐みや優越感や嫌悪感に、きわめて敏感に反応してしまうのである。けっして世間並みとはいえない家庭に生まれ、若い頃に博打場のようだった競馬場に出入りしたために、ずいぶんと白い目で見られた経験の後遺症かもしれない。

 その時、佐高さんに対して私のセンサーは微動だにしなかった。構えが取れると自然になり、自然になると本音がさらけだせ、それでいて妙にウマがあった。

 辛口、硬派、生真面目、大胆不敵と世に言われているが、辛いばかりの人ではない。厳しいばかりの人でもない。清流だと窒息死してしまいかねない雑魚の私が、楽に呼吸できるほどの濁りも持ち合わせているらしい。そんな気がしたのが第一印象だった」