ある機械メーカーでは、「我が社の商品の安全性は極めて高い」とかねてより宣言していた。しかし、現場ではその安全性に不安があり、安全性を高める補完商品の開発・販売をもくろんでいた。しかし、上層部はそれを許さなかった。「我が社の商品性が安全性を声高にうたっている以上、安全性を強化するような商品を出すこと自体が許されない」と、補完商品の企画を止めさせた。つまり、補完商品の企画自体が元々の商品の安全性に疑義を生じさせるというのである。

 90年代、インターネットの普及が進むなかにあって、多くの紙メディアはネット対応への議論を避けていた。そして、「いくらインターネットが普及しても、本を読む人は本を読む。インターネットで情報を摂取する人は“変わった人”だから、気にしてはいけない」という雰囲気で、積極的な対応は行われなかった。その結果、多くの企業が沈んでしまった。

 ちなみに私がかつて働いていたリクルートでも、90年代半ばにインターネット普及の波が押し寄せた。その際に私は、情報誌からネットへ転換する際のシナリオについて、商品企画の責任者として役員たちの前でプレゼンをすることになった。リクルートブックから“リクナビ”へと転換する過程についてである。シナリオは3つあった。

 その1、短期(5年程度)でネットへ転換する
 その2、ネットと紙はしばらく併存する。
 その3、結局紙のまま

 『その1』から話を始めると、紙が大好きな役員の一人が「そんなあり得ないことを、さもありそうな雰囲気でしゃべるな!」と怒り始めたが、他の役員たちは「シナリオの一つですから、まあ聞きましょうや」となだめくれた。結果、シナリオその1の想定よりさらに早い3年程度でネットに完全移行してしまったのだが、当時のリクルートには、大きな危機に対してもタブーを設けることなく、皆で話をするのが当たり前という空気があり、それが未曽有の環境変化に対応できた大きな要因となった。