車でからまれたら
長らく運転していると、どうしてもぶつけられることがある。そういう小さな事故は数え切れないほどあったが、いつも相手を帰して、弁償してもらったことは一度もない。それでも、二度ほど、面白いことがあった。
一度目は、香港で運転していると、横にトラックが走っていて、運転席には刺青の入った男が2人座っている。後ろの荷台にも刺青男が2人。このトラックがこっちの車を追い越そうとしたとき、少し接触してしまった。
車が停まった。相手は降りてきていちゃもんをつけてきた。こっちの車を運転していたのはベテラン役者の息子で、名前は阿孝(アー・ハウ)、性格は極めて大人しい。彼は刺青の入ったいかつい男数人がずんずんと迫ってくるのを見ると、びくびくしながら、
「ちゃ、ちゃんと周りを見たほうが良いですよ、こういうふうに寄ってこられると……」
と言った。相手はいきがっている。
「ああ? 見てねえのはこっちだと?」
この状況を見かね、すぐにサングラスをかけて、車から出ていった。すると4人の男はこっちを振り向く。こう言ってやった。
「ここの車のキズが見えるだろ。お前らどうやって走ってんだ、ああ? あと、大声を出すんじゃねえよ。礼儀作法も知らねえのか?」
上半身裸の4人のいかつい男たちは一言も喋らないが、眼はずっとこっちを睨んでいる。自分はサングラスをかけているから、相手には分からないと思って、つづけて、
「まったくけしからん。おれの車がキズついたのは別にいい。直してくれる人がいるから、金もいらない。だけどこんな乱暴に運転して、万が一、怪我人が出たらどうするんだ。しかもその態度はなんだ。盗人猛々しいとはこういうことだな!」
と言った。
じつを言うと、いつでも殴り合う準備は出来ていた。相手は4人で、有利とは言えないけど、少なくともぼろ負けはしないだろう。
しかし、しばらくすると、頭っぽいやつが急に、
「すいませんでした、“大哥”(年長者への敬称。ジャッキーの愛称でもある)」
と言う。サングラスで隠したのに、どうやらばれたらしい。
「分かった。おれの車のことはいい。今後はこういうことをするな。もう行っていいよ」
と言うと、4人は散っていった。車に乗るなり、ただちに阿孝に、
「早く早く、逃げよう!」
と言った。