『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などの大ヒットを生み出したのち、大手出版社を辞め、作家エージェントを起業した編集者・佐渡島庸平氏。彼が大切にしているのは「仮説を立てる」ということだ。
仮説を立てる――。ビジネスにおいては基本ともいえるが、佐渡島氏は「仮説・検証がきちんとできている人はあまりいない」と語る。彼のいう「仮説を立てる」とはいったいどういうことなのだろうか?
本連載では早くも3刷と好評を博している佐渡島庸平氏初の著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』のエッセンスを紹介していく。
「仮説を立てる」の本当の意味
「何かを成し遂げるためには、仮説・検証が重要だ」とよく言われます。しかし、日常的にそれを実行するクセが付いている人は、どれほどいるでしょうか。
出版の現場で、仮説・検証が実行されているところを、あまり見たことがありません。
作品が思うように売れなくても「作家も編集者も営業もがんばったのに、残念だったね。さあ、次の作品でがんばろう」という場合がほとんどです。ヒット作は、いつも「予想外」なものばかり……。
ヒット作は狙って作れないのでしょうか?
ぼくはこの「仮説・検証」という作業をかなり意識してやってきました。それも、数年かかるような大きな範囲のことから、今日から始められるような小さなことまで。思いつくことは、つねに仮説・検証というフレームワークの中で思考してきました。
そのことである程度、「ヒットを生み出す」ことができるようになったのではないかと思っています。
いつも念頭に置いているのは「仮説を先に立てる」ということです。
「仮説を先に立てる」だなんて、当たり前のことだと思うでしょう。でも、実際は、そうではないのです。ほとんどの場合、「情報を先に見て」、それから仮説を立ててしまう。ぼくも少し気を抜くと、そのような思考に陥ってしまいます。
なぜ、ぼくらは前例主義に陥ってしまうのか?
最近、ぼく自身が反省した例を挙げましょう。
税理士とコルクの決算の打ち合わせをしていたときのことです。
コルクは3人でスタートし、しばらくは人を増やさないつもりでした。そのほうが、挑戦的に動き回れると思っていたからです。しかし、さまざまな仕事のご提案をいただき、3年が経ったときには、社員10人、外部のスタッフやアルバイトを合わせると30人弱の所帯になっていました。
決算の数値を見ながら、来期のことを考えます。そうしたら「30人に支払いをするためには、来期も最低でもこれくらいの売上が必要だな」とか「この仕事は継続しないとまずいな」なんて自然に考えてしまっていたのです。
ハッとしました。「会社というのは、こうやって守りに入って、ダメになって行くんだな」としみじみ思いました。たった3年で「守り」の考えを抱いてしまったわけです。
決算という過去の情報をもとに来期をイメージして仮説を立てても、今期の延長線上にあるアイデアしか思いつきません。コルクは、まだそんな段階ではない。この時代を生き抜く、出版の新しい形を模索するために、いろいろなことに挑戦するフェーズなのに、それができない思考に一瞬、陥ってしまった。ベンチャーなのに「前例主義」的になってしまったわけです。
前例主義というのは、「情報→仮説」という順番で物事を考えることで起きます。ほとんどの人は、真面目に案件に取り組むがあまり、情報を集めてから仮説を立てようとするのですが、そこに大きな罠が潜んでいるのです。
特に業界が縮小しているときは、リスクを減らすため慎重になります。過去の情報を集めてきては「仮説・検証」を繰り返します。しかし、そのようによかれと思ってとった行為が、前例主義的になり、身動きがとれなくなって、自らの首をさらに絞めることになるのです。