このことをわかりやすく説明するために、私自身の体験を紹介しよう。遠くで暮らす両親が60代後半のころ、老後を見据えてバリアフリー住宅に建て替えたことがある。誰が聞いても一流の住宅メーカーが建ててくれた強固な注文住宅だ。

 それから10年たって母から相談の電話がかかってきた。かなりの出費だけど170万円かけて家をまるごと診断してもらうというのだ。

 話を詳しく聞いてみるとこういうことだった。その住宅メーカーの子会社の営業マンがいわゆる10年点検で母のところに訊ねてきた。その営業マンが言うには、通常はうちの建てる住宅なら全然問題がないのだが、住宅というものはその建てられた環境次第で希に中の柱が腐ったりすることがある。見た目はしっかりしていてもそういう住宅は将来、地震のときにぽーんと潰れてしまうこともあると母に言うのである。

 母は以前、震災の時に倒壊した住宅の下で多くの人が焼け死んだことを「とても酷い死に方で、ああはなりたくないんだ」と言っていた。10年前の建て替えはその震災の影響があってのことで、ローンを組んでまでボロ屋を新築の住宅に建て替えたのだった。

 新築のときは「この工法なら50年はぜんぜん大丈夫」と言っていた会社が、10年たったら子会社の別の営業マンが「倒れちゃうこともあるんですよ。気をつけたほうがいいですよ」というのである。

 それで中の柱が腐っていないかをチェックするための診断費用を見積もってもらったところ、家の周囲に足場を立てて専門家に検査をしてもらうための費用合計が電話口で母が私に相談してきた170万円ということだったのだ。

 結局その話は、私が母を説得して断ることにした。それから間もなく母を東京に呼び寄せて一緒に暮らすようになるので、その意味ではその時点での170万円の出費は母にとっても老後の蓄えの中の無駄な出費になっていたはずだ。

 私が防衛策として決めたのは、それ以降、母が必要とする商品やサービスの営業マンの矢面に母を出さないことだった。尊敬される一流メーカーの営業マンの中にも、組織の末端には営業成績をあげるためにそんなことをする人がいるのだ。ましてや聞いたこともない健康食品メーカーや、リフォーム業者に母を紹介する勇気は私にはまったくない。

 社会全体の問題点がここにある。高齢化する日本社会では、フェアなビジネス慣行が確立されていれば“住宅業界は成長に拍車がかかるだろう”という予言通りのことが起きるのだが、現実の日本では高齢者は業者に食い物にされてしまうのだ。