「商売」に対する
日本人と中華系のメンタリティの違い

 先の子どもが行った「商売」は、マレーシアにおける中華系のイメージに非常に近いものだった。

 もし仮に自分の子どもが皆で作ったクッキーを「先生に売る」といったら、私たち日本人の親ならなんと言うだろうか。たぶん「先生にそんなことしたらダメでしょ」というだろう。

 学校というコミュニティは「商売」するところではない。先生は先生であって「商売相手」ではない。5歳の子どもが「お金儲け」を考えるのは良くない。という理由が上がるだろう。

 だが、それはどうやら日本人だけの感覚らしい。筆者は中華系の同僚数人に、この出来事を話してコメントを聞いた。すると、ほとんどの同僚は「うん。いいんじゃない?何が悪いの?」というコメントを返してきた。

 事実、普通の会社員であるその子の両親は、先生相手に子供が商売することを止めなかった。それでいいと思っていたのだ。

 つまり、メンタリティは日本とずいぶん違うことがわかった。きちんと代表サンプルを得た学術的研究ではないので、結論的なことは言えないが、たぶんこの部分は日本人と中華系人の大きな違いなのではないかと思っている。

 日本人はまずコミュニティを大事にする。コミュニティでやりとりされるものはサービスだ。金銭的対価はもらわない。コミュニティ相手には商売、すなわち経済交換はあまり行わない。実はこれがある意味ブラック職場の温床になっているのだが、それは後で説明する。

 対して中華系は「商機」があれば、コミュニティは関係なく商売をする。つまり金銭を含めた交換を行うのだ。

 このグローバル社会で、どちらのメンタリティが得をするかといえば、間違いなく中華系のメンタリティだろう。彼らが利に聡く、商売がうまいのは、そういった文化的背景がある。それは時として、日本人にとっては不快さを感じるレベルにもなる。

 例えば、ここクアラルンプールでは、エセ日本食レストランが山ほどある。メニューに日本食らしきものの写真と怪しい日本語メニューが載っているが、頼んでみると全然違うものが出てくる。先日、そんなレストランで親子丼を頼んだら、出てきたのはいり卵と鳥の炒め物がごはんの上に載ったものだった。メニューの日本語も、機械翻訳を通しただけ、というのがあからさまで、看板料理を意味する「Signature Menu」が「署名料理」と書かれてあったのには苦笑してしまった。

 そして、そういった似非日本食レストランのオーナーは大抵中華系である。マレーシアは親日国家で、「日本のものは優秀」というステレオタイプが浸透している。日本食も人気で、値段が高くても売れる。つまり金になるのだ。したがって、そこそこ日本食っぽいものさえ出せれば、日本食レストランを謳い、割高な値段で儲けることができる。彼らは、そういった「商機」を見逃さないのだ。

 日本人は、日本食を出すならば本当の日本食を出したいというメンタリティのほうが強いだろう。利益よりもクオリティが重要になるのだ。しかし、それでは中華系との競争には勝てない。つまり日本式の経営が中華式経営に負けてしまうことになる。