サムスンとアップルがくしゃみをすると
日の丸家電が風邪を引く?
最近のサムスンは大丈夫なのだろうか。日本の経営学者である筆者は、日本の家電メーカーの心配をしていればいいのかもしれないが、そうはいかない。その理由は後述するとして、2000年代に入り世界中の家電市場を席巻したサムスンに、筆者は最近不安を感じている。
心配なのは、商品そのものの問題ではない。日本ではサムスンの躍進と日本の家電メーカーの凋落を「韓国勢が安売り攻勢を仕掛けたから、日本の素晴らしい家電が価格競争に敗れた」と見る向きもあるが、それは正しくない。日本で韓国家電ブランドの品質イメージが悪いのは、欧米に比べて日本の流通担当者や消費者が、古くから韓国製品に触れてきたからかもしれない。
1980年代頃から、サムスンやLGの前身となるゴールドスター、大宇のブラウン管テレビなど、低価格の韓国製家電が、ホームセンターやディスカウントストアで売られてきた。この頃の韓国製品のイメージは、確かに「安かろう、悪かろう」であったかもしれない。しかし、現在の李健熙(イ・ゴンヒ)会長の時代に入り、サムスンは品質向上とブランド力強化に努めてきた。社員の目の前で携帯電話の在庫を重機で破壊するというショック療法まで行った。欧米でのサムスン電子の躍進は、ひとえに総合家電メーカーとしてのサムスンブランド向上のための地道な商品戦略とプロモーションの成果である。
1980年代の日米貿易摩擦の主要因は、日本からの自動車と家電製品の対米輸出に伴う巨額の貿易黒字である。多くの日本人は、日本の家電量販店で目にする光景が、そのまま欧米に輸出されていたと思うかもしれない。すなわち、日本の家電各社は総合家電メーカーとして、黒物(テレビ・ビデオなど)から白物(冷蔵庫・洗濯機など)まで堂々とした商品ラインナップを欧米の量販店でも提示しているのだろう、といったイメージだ。
しかし、実態は異なる。日本は付加価値が高くすぐに利益につながる家電製品、当時であれば、テレビとVHSビデオデッキを中心に、一部の商品だけを欧米に輸出していて、欧米において日本の各ブランドが総合家電メーカーと認知されたことはない。
一方のサムスンは、1990年代の終わりに流行った映画『マトリックス』における携帯電話のプロダクトプレイスメントの成功に象徴されるような、未来感のある先進のIT企業というイメージを植え付ける傍らで、日本におけるパナソニックやシャープ、東芝のように、黒物から白物までフルラインナップで商品を市場に投入していった。