ウオッカと引き換えに農地を
――もはや詐欺師と変わらない投資家たち

 ウオッカと引き換えに農地を手に入れるウクライナの取引について語った銀行家は、マンハッタンのトライベッカにある風通しのいい角部屋のアパートに私を招いて、匿名を条件に話を聞かせてくれた。「実は、こういうことです。集団農場は、自由市場化で集団経営ではなくなると、みんなつぶれました。資本がなかったからです。トラクターを買う余裕もありませんでした」。だからウオッカと数ヵ月分の穀物があれほどの見返りをもたらしたのだ。

 ウォール街でも3本の指に入る彼の投資銀行は、彼がジーザスというニックネームで呼ぶ長髪のブローカーを通じて、何万平方キロメートルもの第1級の農地ばかりでなく、ダチョウ農場やチョコレート工場、ウクライナのポルノのチャンネルの入手も図った。銀行家たちはローターが2基ついたソ連製の大型ヘリコプターで田園地帯を飛びまわり、休閑地や農村に着陸し、遺伝子組み換えを行った、旱魃に強いモロコシを紹介した。最初はイスラエルのキブツで開発された作物だ。「生産量を大幅に上げたりできます」とその銀行家は言った。「けれど、基本的には、農民に対する詐欺ですね」

 ウクライナでの取引は結局不成立に終わった(ジーザスがしだいに多くの分け前を要求するようになったのだ)が、気候変動は果てしない成長領域だ。

 とりわけ抜け目ない農地バイヤーにしてみれば、地球温暖化は二重の恩恵だった。地球温暖化は、短期的にはプッシュ要因(訳注 ある場所から人々を離れさせる原因)で、旱魃を深刻化させ、中国やオーストラリア、アメリカ中西部の収穫を台無しにし、食糧価格の急騰を招いていた。だが、長期的にはプル要因(訳注 ある場所へと人々を引きつける原因)で、ウクライナ、ロシア、ルーマニア、カザフスタン、カナダなどの高緯度の国々は、気候が温暖化するにつれて、生産性が下がるのではなく上がっていく。「北半球の生産地帯が北に移動していることなど、専門家でなくてもわかります」。イギリスの大手不動産会社ビドウェルズで農業関連産業研究の責任者を務めるカール・アトキンは、ロンドンに会いに行った私にそう語った。

「北米に大きな地域が1つあります。南米にも1つ。イギリスにも点在しています。ですが、関心の的は、ロシアとウクライナに広がるこの黒土で、世界でも有数の土壌です」

 酷寒の冬や短い栽培期といった環境要因が政治的要因とあいまって、価格は低く抑えられていた。ルーマニアの黒土1ヘクタールは、イングランドの黒土1ヘクタールの5分の1の値段にしかならなかった。気候変動地図を土壌地図に重ねれば(さらに、人口データを加えてもいい)、ひと財産築ける、とアトキンは言った。彼自身、ウクライナから戻ったばかりだった。ビドウェルズは5年にわたって金融関係のクライアントをルーマニアに案内し、アトキンの言う「分割方式」(小さい区画ごとにアプローチして、最終的には大規模な土地買収につなげる方法)を行ってきた。「共産主義後に全員に再分配された小さな区画を再統合するのです」と彼は言った。「大勢の村人を村長とともに1室に入れ、村長に言わせます。『いいですか、自分の土地を売りたい人は? 売りたくない人は?』と」

 気候変動のせいで農業が高緯度の地域に移っていくと、資金もそれに続いた。

 ドイツ銀行とシュローダーを含め、著名な気候変動ファンドを持つ銀行は、それとは別個に農地ファンドも持っている。2011年には、ハーヴァードとヴァンダービルトのものも含め、大学基金が、ゴールドマン・サックスとJPモルガン・チェースにかつて所属していたスーザン・ペインとデイヴィッド・ミュリンが運営するロンドンのエマージェント・アセット・マネジメントに投資されていることが暴露された。「気候変動というのは、アフリカでは今より乾燥する場所もあれば、逆に雨が多くなる場所も出てくるということです」とミュリンはロイターに語った。「われわれは、それを活かすつもりです」(同204-208ページより抜粋)

 倫理的な問題や環境問題と切り離し、気候変動の結果にだけ注目する。ウォール街で発展する「新しい現実」、それを代弁する彼らの「本音」を聞いて、あなたはどう思われるだろうか。

次回は、地球温暖化のおかげで独立できるかもしれない、という究極のジレンマを抱える「グリーンランド」の実態をレポートする。3月23日公開予定。(構成:編集部 廣畑達也)