日本企業が海外進出を本格化して久しいが、グローバル経営の舵取りは困難さを増している。グローバル・レベルでの効率性を追求する一方で、現地市場への適合や迅速な意思決定が求められている。さらには、遠隔地で発掘した競争優位の源泉を組織として学習し、全世界的に展開する能力も問われている。グローバル企業のCFOは、これら異なる要求から生じるトレード・オフを克服し、複雑な方程式を解くことで、自社にとって最適なグローバル経営の姿をナビゲートする責務を担っている。
グローバル経営を成功に導く
3つのカギを最適化する
世界市場におけるいっそうの成長を目指して、多くの企業が自社に適したグローバル経営の形を模索している。
EYアドバイザリーのシニアパートナー。ビッグフォー系コンサルティング会社、外資系大手コンピュータ・メーカー、外資系コンサルティング会社を経て現職。15年以上にわたり、製造業を中心とした組織再編、会計領域の業務標準化、管理会計・業績評価制度の設計・導入、ERP(統合業務パッケージ)の導入等のプロジェクトに参画。現在、製造業・自動車業界のセクター・リーダーとして、経営管理、シェアード・サービス、ITマネジメントを中心としたコンサルティング業務に従事。
工場や販社といった出先機関を海外に持つだけの初期段階では、グローバル経営は比較的シンプルであった。しかし現在、考慮すべき要素が多く、複雑に絡み合っており、グローバル経営の舵取りは難易度を増している。
ただ、グローバル経営における重要なカギは以下の3つに絞られる。
[1]グローバル・レベルでのオペレーション効率化
[2]現地の市場ニーズや競争環境に対する迅速な適合
[3]世界中に分散するイノベーションの源泉の取り込み・学習とグローバル展開
第1のカギ、オペレーション効率化に関しては、多くの日本企業が地道な取り組みを続け一定の成果を上げている。しかしながら、第2、第3のカギについては、残念ながら海外勢の後塵を拝しているケースが多い。
第2のカギ、現地市場への適合は、特に欧州企業に先進事例を多く見出すことができる。
オランダとイギリスに本拠を置くユニリーバは、グローバル・ブランドの商品についても、現地市場への適合を重視している。たとえば、「ダヴ」ブランドの石鹸はもともと固形タイプのみが販売されていたが、1999年の日本市場への投入に当たっては、日本法人の意思決定により泡タイプが開発された。肌が敏感な日本の消費者のニーズをとらえた洗顔フォームは、大きな成功を収めている。
さらに、テレビCMについても、現地法人の判断を重視している。ローカルにはローカルの嗜好がある。国や地域によって、訴求したいブランド・イメージが異なる場合も少なくない。そこで、ユニリーバ本社はCMの大きな枠組みを決めるだけで、起用するタレントなどについては各地域に判断を委ねている。
家電やヘルスケアなどの事業を展開するフィリップス(本社オランダ)、食品メーカーのネスレ(同スイス)やダノン(同フランス)なども、かなり思い切った現地化を推進している。これら欧州企業の現地化戦略のうまさは、歴史的な背景に由来している。
17世紀初頭の大航海時代、イギリス、オランダ、フランスといった国々は東インド会社を相次いで設立した。それぞれの東インド会社は世界各地に拠点を置いたが、通信技術が未発達で、人の往来にも長い時間を要する当時、本国と各拠点の頻繁なやり取りはできず、現地への大幅な権限委譲は不可避であった。この時代における海外でのビジネス活動を通じて得た無数の知見は、現代の欧州企業にも受け継がれている。
第3のカギ、遠隔地におけるイノベーションの取り込みも、実はさほど新しい試みではない。第二次世界大戦中、コカ・コーラの原液輸入がストップしたドイツで開発された「ファンタ」は、のちに世界展開されグローバル・ブランドとして成長した。近年では、世界的な健康志向の高まりを背景に、日本向けのローカル・ブランドだった「アクエリアス」や「クー」を、非炭酸飲料のグローバル・ブランドとして世界市場で展開している。
ゼネラル・エレクトリック(GE)が進めるリバース・イノベーションも、同じ文脈に位置づけることができる。開発途上国や新興国で起きたイノベーションが、先進国に“逆流”して成功を収める事例が増えている。GEヘルスケアの超音波診断装置は有名なケースの一つだ。2002年に中国で最初に発売された低価格かつ携帯性、使い勝手に優れたこの装置は中国で普及し、また先進国の埋もれた市場を掘り起こすことにも成功した。
またGEは2011年、本社から遠く離れた香港にGGO(Global Growth and Operation)を設立した。GGOに新興市場攻略のノウハウを蓄積し、同拠点から中国、アジア市場だけでなく、ブラジルやアフリカ諸国等も含めた世界中の新興国の市場開拓を行っている。
欧米の先進的なグローバル企業は、第1のカギ(グローバル効率)と第2のカギ(現地適合)のトレード・オフを克服したうえで、第3のカギ(遠隔地のイノベーション取り込み)に取り組んでいる。グローバル経営の3要素を最適化するための自己変革。そこには、日本企業が学ぶべきヒントも多いはずだ。