日本ペイントHDが、シンガポールの華僑資本ウットラムグループと組んでマレーシアに進出したのは1962年。以来50年間、「技術と生産は日本、販路の開拓は中国」という役割分担があった。だが、2013年に世間を騒がせたTOB騒動を経て、今では中国人と日本人が同じ職場で一緒に働くようになっている Photo:NIPPON PAINT(MALAYSIA)

 はい。極東を代表する2強といえども、欧州の自動車メーカーから「自慢の新製品(塗料)を見せてくれないか」と声がかかることはありませんでした。というのも、日系の自動車メーカーの仕事では私たちが強いように、欧州では欧州の自動車メーカーに強い塗料メーカーが存在するからです。そこで最初は、グローバル化で先行する欧州の塗料メーカーが進出していた中国大陸や中南米地域で、OEM供給を通じて私たちのビジネスを拡大したいと考えました。

 ところが、ボリグ&ケンパーというアクセスを得て、実際に欧州に出てみると、例えばフランスを代表する自動車メーカーのPSAプジョー・シトロエンなどから「見せてくれ」と声がかかりました。欧州での採用第1号でした。

 その理由は、私たちにはボリグ&ケンパーが持っていなかった最先端の商材(電着塗料)があったからです。電着塗料とは、自動車のボディの塗装工程においてわずか0.1ミリメートルの塗膜の中で何層にも塗り重ねられる際に使う特殊な塗料です。そして、競合相手のPSAの動きをじっと見ていたドイツのフォルクスワーゲンからも、「ちょっと来てくれないか」と言われたのです。

 嬉しいことに、欧州では連鎖的に話が動くようになりました。向こうから、声がかかるようになったのです。もとより技術力に自信はありましたが、当初の予想よりも早く結果を出せたことには、正直、驚いています(笑)。

 最大のポイントは、遅ればせながら極東の2強がグローバル化を進めていることを、世界の自動車メーカーは知っており――関西ペイントと日本ペイントHDは重視する地域が異なっているとはいえ――M&Aなどの手段を介して実際に近くに出てきたことから、「日本の2社は地球規模での供給体制を整えようとしている」と認識されるようになったことです。これは大きな変化です。

積年の上下関係を
ブチ壊した“狙い”

――これまで、関西ペイントと日本ペイントHDは、同じような規模感で同じようなビジネスを展開するにもかかわらず、日本ペイントHDは“万年2位”に甘んじてきました。ところが、09年からグループ全体で始まった大規模構造改革(体質改善)などが成果を挙げて、財務内容を劇的に改善しました。その流れが続く16年3月期の連結決算では、売上高、営業利益、経常利益、純利益のすべての項目で、関西ペイントを追い抜く見込みです。

 それは、1962年から50年以上にわたって協業してきたシンガポールのウットラム・グループとアジアで展開していた合弁会社8社を、14年12月に日本ペイントHDの子会社にしたことによって、16年3月期の連結売上高が5300億円になるということです(前年同期は2605億円)。09年以来続く体質改善の成果もありますが、あくまで5300億円は「彼らの業績を足しただけ」に過ぎません。