ドイツ歌曲の誕生

 1814年10月19日、シューベルトは「糸を紡ぐグレートヒェン」を作曲します。シューベルトが初めてゲーテの詩に曲をつけた作品です。グレートヒェンとは、ファウスト第1部に登場するマルガレーテの愛称です。ここには、ファウストに想いを寄せる彼女の感情が直裁に描かれています。3分20秒ほどの短い歌曲の中に恋する乙女の高ぶる気持ちと我に返る瞬間の変化が絶妙に書き分けられています。旋律は究極の美メロです。決して200年以上前の古臭い曲ではありません。ヒップホップ風の味付けにアレンジしアップビートで歌えばきっとヒットするでしょう。また、伴奏ピアノも現代に通じるポップさを内包しています。グレートヒェンが踏む糸車の回転がモチーフになったリズミックなアルペジオは美しさと迫力を兼ね備えています。ルネ・フレミング盤(写真)がお勧めです。

 ちなみに、この曲が作曲された日は、『ドイツ歌曲の誕生日』とされています。

 ただし、この曲を含むゲーテ歌曲集の楽譜を送られた巨匠ゲーテは、無名の青年シューベルトからの献呈を完全に無視しています。ゲーテの俗物的傲慢さの表れと言えるでしょう。あるいは、真の天才を同時代が評価するのは常に困難ですが、このエピソードは巨匠ゲーテにしても才能を見抜けなかったことをも示しています。

交響曲作曲家の誕生

 シューベルトが活躍した19世紀の音楽世界ではオペラこそが最高の格式と認識されていましたが、モーツァルトやベートーヴェンの功績でドイツ圏では交響曲が器楽音楽の最高峰へと評価が格段に高まっていきます。ベートーヴェン30歳、シューマン31歳、ブルックナー41歳、ブラームス43歳、マーラー24歳で交響曲を作曲しているので、16歳で第1番を書き上げたシューベルトが如何に特別な才能に恵まれているかが分かります。

 シューベルトの交響曲第1番は、神学校を退学する直前の作品。天真爛漫で明朗な作品です。「交響曲第2番変ロ長調」は、シューベルトが失意の日々を経て、心の内の葛藤を乗り越えて創った作品です。第1番と比べれば遥かに大きな骨格を持つ大人の風格が漂う作品となっています。1814年12月に作曲が開始され第1楽章が完成します。やがて18歳の誕生日が来て完成したのは1815年の3月です。

 ここには、モーツァルトやベートーヴェンを研究した跡が伺えます。音楽は強力な推進力を持ちつつ透明な美しさを湛えています。クラウディオ・アバド盤(写真)とカール・ベーム盤が最高です。

31歳で夭折した天才

 シューベルトは、腸チフスで31歳と10ヵ月の短い生涯を閉じました。1828年11月19日のことです。現代の医学ならば救命できたに違いないでしょう。

 17歳のシューベルトは、悩み傷つきながら、傑作を書き続けました。そこには未来の予感があり、永遠の命が吹き込まれ、人生で一番美しい17歳の日々が潜んでいます。聴くべし。

(音楽愛好家・小栗勘太郎)