「何年か前、佐高信さんにお逢いすると言ったら、『ア、怖い人ですよ』と2、3人の人が言った。『ア、凄くいい人ですよ』と1人の人が言った。どう怖いんだか、どういいんだかの説明はない。その方がいい。内容説明の曖昧な人物評なんか、どうせ私は信じないんだから……。

 はじめてお逢いした佐高さんは、怖い人でもいい人でもなかった。もっと含みのある、初対面では解けない謎と、インテリには珍しい上等な恥じらいを隠している人だと思った。権力側お墨付を絶対に疑ってかかる人。真っ直ぐな視線を相手の心におとす人。

 お逢いするたびに、はじめの謎が少し解け、また新しい謎が生まれ、私は目を凝らす。グレイのシルエットの中にはじける笑いが清々しい……」

小津安二郎はこう評した
「岸恵子は良いよ。身持が悪くって」

 河野洋平の父親の党人政治家、河野一郎は本気で女優の高峰秀子をフランス大使にしようとしたらしいが、私は田中秀征との対談で岸を外相に推したことがある。

 岸は24歳でパリへ渡った。映画監督のイヴ・シャンピと結婚するためだったが、シャンピは岸の「日本恋し病」に手を焼き、「君は切り花の状態で来てしまったんだね。せめて鉢植えで来てほしかった」と嘆いたという。

 映画監督の小津安二郎を描いた高橋治の『絢爛たる影絵』(岩波現代文庫)に小津が「岸恵子は良いよ。身持が悪くって」と評したという場面が出てくる。

 これに続けて高橋は書く。

「これも額面通りに受け取ると間違う。小津流のアフォリズムで、岸が恋多き女といわれることを踏まえている。むしろ、満悦の上で吐いた最高の評価と受けとった方が正しい。

 原節子、つまり清純という場でしか女を描けなかった小津が、原節子には望めない豊かな可能性を岸に見出したのだ」

 それだけに岸がフランスへ行ってしまうのが残念でならなかった。