売上増大とコスト削減、ソリューション実現とコンプライアンス遵守、新規チャレンジと既存プロセス重視、ビジネス伸展とリスク管理など、経営は二律背反の経営課題解決の連続である。中には、経営者自らの立ち位置が不安定で、真逆の方針を打ち出してしまい、逆噴射状態に陥る例も少なくない。

社長の“無茶振り”を実行すべく
獅子奮迅の働きをしたはずが…

 ソフトウエア業界のH社は、業界では中堅ながらも、少数精鋭のエッジが効いたビジネス展開で一目置かれている企業だ。業界全体が成長しているため、ビジネス拡大に人員が追い付いていない状況を打破すべく、橘社長は、人事部長に指示をした。「即戦力人材を採用してほしい。6ヵ月で50人だ。コストも十分にかける。上位他社に負けない、極めて優秀な、今後10年の当社の成長を支える人材を頼みます」

二律背反する目標を追いかけることは経営にとって必要ではあるが、いきなり部下に振ってフォローをしないと、会社はトンデモないことになる

 ベテラン人事部長の大和部長は、「承知しました。おまかせください」と踵をかえし、既に頭に入っている手順を思い描きながら、直ちにアクションを起こした。これはアクションのスピードと実行の確度にかかっていると確信した大和部長は、部下任せにせずに、自分自身で人材紹介会社のキーになるコンサルタントへ電話をかけ始め、強力に候補者紹介の依頼をした。これも手順どおり、採用数の倍の紹介割り当て数を示しながらである。

 人材募集の広告も手配した。自社ホームページを通じて直接応募を募る画面をリニューアルし、Webリクルーティングのシステムでの応募者募集の告知も行った。社員からの紹介にも拍車をかけなくてはならぬ。これも早速、自分で全社員へメール発信して協力依頼した。

 そして、応募者を集めての説明会を担当するリーダークラス、1次面接を担当するマネジャー、2次面接を担当する部長、最終面接をする役員の面接スケジュールもセットした。1次で240人を120人に、2次で120人を60人に絞りこむ。役員面接を60人に対して行い50人に内定を出す。そのガイドラインも面接する社員へ徹底した。そして、余裕を持って300人の候補者を集める算段を立てた。計画は完璧だ。同程度の期間で同程度の人数を採用した経験はある。優秀な人材を採用するマインドは従来からある。大和部長は、6ヵ月で50人採用することに何の危惧も感じなかった。ここまで周到に準備をし、後は部下にまかせた。

 アクションをスタートしてから1ヵ月間、日をおかずに大和部長は部下へ進捗状況を確認した。そして、1ヵ月半ほどで、候補者数は既に150人を超えていることを知った。このペースで行けば3ヵ月で候補者300人、順次、面接を計画どおり進めていければ、6月に内定を出す段階まで行ける。大和部長は、自分の読みどおりだと、内心ほくそえんでいた。その後は、部下に成果の花を持たせようと、できるだけ部下にまかせるようにした。

 2ヵ月目になる頃から、面接担当者から不満の声が大和部長の耳にも届くようになった。同時に、人事部の担当者からの懸念も示されるようになった。面接担当者からの不満の声は「ビジネス拡大により多忙なのに面接に時間を取られる」「平日のランチと夜、土日も面接スケジュールを組まれて、やっていられない」「ビジネスに影響が出る」「体調を壊した」というものが大半だった。人事部担当者からの懸念は、役員面接のプロセスに進む候補者が少なすぎるというものだった。

 大和部長は、面接担当者の士気の低下がプロセスの低下をもたらしていると見極め、士気高揚のために、スケジュールを見直して少し余裕を持たせたり、新たなメンバーを追加したり、昼や夜の弁当を豪華にしたり、きめ細やかな配慮をし、決して目標を変更することなどせず、当初のプロセスを完遂しようとした。そして、これまで以上に早くプロセスを進めるよう奨励した。

 3ヵ月たち、応募数は200人を超えた。そして、うち100人が2次面接までのプロセスを終了していた。そこまでの報告を聞いて、大和部長は、「やはり俺の思った通りだろう」と大きくうなずいたのだが、その後の報告で、我を失った。役員面接へ進んだ候補者は、わずか5人という結果であったのだ。大和部長は愕然として、「いったい、どこで間違えたのか」とつぶやくしかなかった。