一大事業だったルネサンス期の美術

レオナルド・ダ・ヴィンチ「失敗だらけの天才」の素顔ルネサンス期の工房

 翻訳の出版物には当たりはずれが多いが、本書におけるキャッチの親しみやすさと本文の読みやすさは監訳・翻訳者の力量によるものだろう。おかげで特に専門的な知識を持たずしても、当時のルネサンス期の世界観に入りこめる。

 フィレンツェにとって美術は一大事業だった。現代のアトリエやスタジオと違い、レオナルドが弟子入りした師ヴェロッキオの工房は、大きく騒がしい、大勢の人がせわしなく働くものだった。絵画に彫刻、ブロンズ、大理石、テラコッタ、金や銀、幅広い表現と材料を駆使しながら、工房は独創性ある作品を生み出していった。

 ページの途中には、師ヴェロッキオと一緒に描かれた代表作『キリストの洗礼』 なども掲載されている。驚くのは中心にいるキリストよりも、弟子のレオナルドが描いた左隅にいる天使のほうが、数段精妙に描かれていることだ。ある意味この絵は師を凌駕した彼の技術を証明しており、レオナルドが描いた絵は、単なる素描にもかかわらず、マリアの顔を彷彿とさせるため皆が膝をつき拝みはじめる逸話もあるほどだった。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「失敗だらけの天才」の素顔ミラノのルドヴィーコ

 やがてミラノを治めるルドヴィーコに才能を買われ、給与を貰いながら制作を続けることになる。

 ただレオナルドにとって、ひとりの君主やひとつの共和国に変わらぬ忠誠を誓うことほど、愚かなことはなかったのだろう。彼にとって君主への忠誠は、同時に自由の喪失を意味した。ルドヴィーコのために兵器を設計しながら、のちにルドヴィーコを追放したヴェネツィア共和国の軍の技師としても雇われた。その間もフランス王からの注文も平然と受諾している。

 実際に1499年9月フランス軍がミラノ侵攻に勝利すると、パトロンであるルドヴィーコは捕虜となり、のち獄死する。だが、フランス王ルイ12世は首尾よく新たな絵の注文を発注した。