2010年3月、山口フィナンシャルグループは、突如として新銀行の設立を発表した。しかも本店をお隣の福岡県北九州市に置くという地方銀行始まって以来の出来事に、業界内は騒然となった。地元福岡県の地銀は迎撃態勢を整え、金融戦争さながらの様相を呈している。こうした動きの背景には、地銀が抱える構造的な事情があった。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木崇久)
Photo by Yoshikatsu Yuge
「取引先のリスクに見合った適正な利ザヤが取れているか」──。
日本銀行北九州支店の長野聡支店長は、民間銀行の支店長が集まる場でこんな問いを投げかけた。
金融システムの安定を担う日銀の支店長が、民間銀行の事業に言及するのはきわめて異例のこと。背景には最近、北九州地区のパイの奪い合いが、以前にも増して熾烈を極めていることがある。
「うちでは、北九州の支店で扱っている貸出金利のことを“北九州金利”と呼んでいますよ」
東京都心の支店から転勤してきた大手銀行の担当者は驚いた。北九州地区では5年融資の貸出金利が、都心よりも1%ポイント近くも低かったからだ。
金融界で有名なのは“名古屋金利”だ。激戦区の名古屋で金融機関の激しい競争のすえに、貸出金利が全国平均を大きく下回ったことを指した言葉だが、北九州地区も同じような状態だというのだ。そして最近その“北九州金利”に、ますます拍車がかかっている。
通常、銀行は短期プライムレート(短プラ)と呼ばれる、優良企業向けの1年未満の貸出金利を基準に、企業のリスクに応じて貸出金利を決める。
ところが、ある地方銀行関係者は「こんな田舎では今まであまり聞かなかった、TIBOR(タイボー)とかLIBOR(ライボー)なんて言葉が、最近では飛び交っている」と驚きの声を上げる。
TIBOR、LIBORとは、それぞれ東京、ロンドンで銀行が銀行にカネを貸すときに用いる金利水準の略称。そんな言葉が使われるということは、短プラよりもさらに低い金利を基準に、貸出金利を決めているということだ。
「どの金融機関も短プラで貸している取引先なんて、もうほとんどないのでは」と、前述の大手行担当者も競争の激しさを語る。