要約者レビュー

『国宝消滅』
デービッド・アトキンソン著
東洋経済新報社 352p 1500円(税別)

 国宝に指定されているお寺なのに、外観も内装もボロボロで修理がなされていない。建造物についての簡素な説明が展示されているだけで、その建造物での暮らしが、観光客には伝わらない。そして、サービスへのクレームを回避するかのように、文化財の入場料を最低限に設定する。これらは、日本の文化財が陥っている窮地の現状だ。

 これまでも著者は、「山本七平賞」を受賞した『新・観光立国論』にて、日本を観光大国にするための斬新な提案を行ってきた。本書では、「改革まったなし」といえる文化財の課題にスポットライトをあてる。そして、ポテンシャルが埋もれたままの文化財を、観光資源に生まれ変わらせるための提言を述べていく。具体的には、建築偏重の弊害や、文化財業界の意識改革、職人文化の崩壊といった問題をあぶり出し、旧態依然とした文化行政を一刀両断にする。もちろん、一方的な批判ではない。日本の文化財と真正面から向き合ってきた著者の、日本文化に対する底知れぬ愛情が感じとれる一冊だ。

 読み進めるにつれ、文化財に関するサービスの創意工夫が、どれだけ経済活性化や日本文化の継承に寄与するかが、手にとるようにわかるだろう。同時に、著者の多角的な分析と鋭い舌鋒により、文化財行政の現状について、大いに興味がかき立てられるはずだ。いつか確実に「審判の日」はやってくる。果たして日本は文化財を活かした観光立国へと生まれ変わることができるのだろうか。 (松尾 美里)

著者情報

デービッド・アトキンソン(David Atkinson)

 小西美術工藝社社長。元ゴールドマン・サックス金融調査室長。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集める。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。同社での活動中、1999年に裏千家に入門。日本の伝統文化に親しみ、2006年には茶名「宗真」を拝受する。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社、取締役に就任。2010年に代表取締役会長、2011年に同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ、旧習の縮図である伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

 著書にベストセラー『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論』(山本七平賞受賞、東洋経済新報社)、『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』(講談社+α新書)などがある。