尖閣諸島沖での漁船衝突事件をめぐる中国側の予想外の強硬措置に日本政府は振り回された。中国人船長解放後、しばらくしてようやく中国は軟化の動きを見せたが、これで日中関係が改善に向かうと考えるのは楽観的すぎる。欧米で注目を集めた『中国の新ナショナリズム』の著者で、気鋭の中国研究家の一人であるピーター・グリース氏は、日中対立の根本的な原因は、突き詰めれば、お互いを平等な存在として認め合う“相対的ステータス”の合意がなされていないことにあると説く。経済的相互依存関係も対立回避には無力なのか。
(聞き手・ジャーナリスト 矢部武)

――中国側が取った強硬措置の背景には何があるのか。

ピーター・グリース (Peter Hays Gries)
米中関係の理解を深めるための研究調査を行うオクラホマ大学米中問題研究所の所長を兼務。中国のナショナリズム・国内政治・外交政策、国際関係の政治的心理などが専門。日本で研究員として働いた経験を持ち、日本の政治・文化にも精通している。中国のナショナリズムはボトムアップの大衆運動であると主張した著書「中国の新ナショナリズム」(2004年)は大きな反響を呼んだ。ミシガン大学で中国研究修士号、カリフォルニア大学で政治学博士号を取得。

 今回の問題は尖閣事件だけでなく、大規模な反日デモが起こった2005年春頃からの延長として考えなければならない。中国人の反日感情がなかなか消えないのは日清戦争から第二次大戦に至るまでの歴史的な背景があるからだ。この間の日本の行為は、中国人には残虐で不公正と映っている。中国にとって日本は長年中華文明圏の一員と考えられ、「弟分」のような存在だった。ところが中国は日清戦争に敗れ、屈辱的な下関条約(日清講和条約)をのまされた。

 毛沢東時代には中国共産党の支配を強固にするために「中国は日本帝国主義を打ち破った」と勝利やヒロイズムを強調していた。しかし、毛沢東の死後、日本軍の残虐性などを強調した歴史教育が行われるようになり、中国人の反日感情が植え付けられていった。それは1995年の第二次大戦終戦50周年で増幅され、2005年春の反日デモで爆発した。そして尖閣問題が起きたのである。

――中国が日本を抜いて世界第二の経済大国となった自信も背景にあるのではないか。

 それもあるだろう。中国政府は2年前のグローバル金融危機と地政学秩序の再編(欧米の衰退、中国の台頭)を最大限に利用し、国民に「中国は世界的なリーダーとして台頭している。中国は強い。アメリカも日本も欧州も弱くなっている」とのメッセージを発している。

 ある面それがうまくいきすぎて、中国政府は国民から「強いのだから、外国に対して強硬姿勢を取るべきだ」と強い期待を受けるようになった。それが尖閣の問題でも相当のプレッシャーになったのではないか。それに加えて反日感情の問題もあり、日中間の争いを解決するのは非常に難しい状況になっている。