煙が立ち上るたばこを持つ手元写真はイメージです Photo:PIXTA

喫煙が健康に悪い――いまでは常識となったこの認識も、かつては「まだ結論は出ていない」と人々に信じ込ませる巧妙な情報戦が繰り広げられていた。タバコ業界はなぜ、「有害性は未確定」という空気を生み出せたのか。その広報戦略は、現代にも通じる「科学否定論」の典型例だった。社会学者が、その巧妙な仕組みを読み解く。※本稿は、松村一志『科学否定論はなぜ人をひきつけるのか』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。

偽物の理論を広めるか
科学の通説を否定するか

「科学否定論」は「疑似科学」の一種だと言える。「疑似科学」とは、一言で言えば、「科学」でないにもかかわらず、「科学」であるかのように見せかける議論のことである。「科学否定論」も、まさにそうした議論になっている。しかし、それが単なる「疑似科学」なら、わざわざ新しい言葉を使う必要はない。では、「疑似科学」と「科学否定論」の関係はどうなっているのか。

 科学哲学者スヴェン・オーヴェ・ハンソンは、「疑似科学」を2つのタイプに分けている。1つは「疑似理論プロモーション」であり、もう1つが「科学否定論」である(注1)。

「疑似理論プロモーション」とは、占星術やホメオパシーのように、偽物の理論を宣伝するものだ。これらは、「科学」とは言えない理論を広めていくが、必ずしも科学と対立する必要はない。むしろ、科学者の目の届かない場所で、ひっそりと宣伝していく方が都合は良い。一方、科学と直接的に対立するのが、「科学否定論」である。つまり、一口に「疑似科学」と言っても、偽物の理論を広めるものと、科学の通説を否定するものとがあるのだ。

(注1)Hansson, Sven Ove, 2017, “Science Denial as A Form of Pseudoscience,” Studies in History and Philosophy of Science Part A, 63: 39–47.