この記事は、『マーケティングの仕事と年収のリアル』の著者・山口義宏氏と、『錯覚資産本』の著者・ふろむだ氏によるチャット対談をベースにしたものです。
今回は前回に続き、「これから台頭する人、落ちぶれる人の4つの条件」のうち、
(1)「原因特定解像度×サイクル長」の変化でマーケ人材の「知の高速道路」ができ、マーケ人材市場に相転移が起きる。
について解説する続編となります。

「知の高速道路」によって起きる人材市場の相転移(下)<br />

水の世界と氷の世界

マーケ人材の市場に将来起きる大きな変化の1つ目、

(1)「原因特定解像度×サイクル長」の変化でマーケ人材の「知の高速道路」ができ、マーケ人材市場に相転移が起きる。

の理解にもう1つの重要な点は、「高い原因特定解像度×短いサイクル」で育まれた知識とセンス自体は、「低い原因特定解像度×長いサイクル」の環境にも転用可能だということだ。

たとえば、私は10年以上前からブログをやっている。私は、記事を公開した直後から、読者の反応を見て、どんどん記事を書き換えていくことにしている。

SNSの反応を眺めながら、
「ああ、この書き方だと、こういう誤解をされてしまうんだな」
「そこはただの例であって、論点じゃないのに、なんでそこにばかり反応する? この例はむしろ入れない方が、意図が伝わるな」
「これを先に説明しないと、記事の面白さが伝わる前に、離脱しちゃっている感じだな」「あー、前置きが長すぎるんだな」
「前提を書かずに、いきなり本論に入ったのがまずかったな」
などと、分単位で記事を書き換えていくのだ。

これをやるのとやらないのでは、記事のとっつきやすさも、読みやすさも、全然違ったものになる。これを何度も繰り返しているうちに、「多くの人に読まれる文章を書くコツ」が、肌感覚でわかってくる。「高い原因特定解像度×短いサイクル」という環境の典型だ。

また、仕事でも、スマホアプリUIやストアページのA/Bテストをかなり短いサイクルで回して、知識とセンスを磨くこともできた。

マーケティング上の仮説をもってカスタマー・ディベロップメント(ユーザインタビューを改良したもの)を何度も行い、自分の迷信を何度も破壊されることでも、知識とセンスが磨かれた。これらも「高い原因特定解像度×短いサイクル」という学習経験を作り出している。

こうして、「高い原因特定解像度×短いサイクル」という水の中で鍛えられたマーケティングの知識&センスは、「本の執筆」という氷の世界に飛び込んだときに、極めて頼りになる羅針盤として機能した。

つまり、水の世界で効率よく身につけた実力は、氷の世界でも使えるということだ。

氷の世界で育ったマーケターは、
逃げ場がなくなる

よく、有能なマーケターの特徴として、「ユーザのことがわかっている」「顧客の気持ちになってものが考えられる」「顧客視点でビジネスを設計できる」などと言われる。

しかし、氷の世界で育ったマーケターの脳内のユーザ像は、認知バイアスが生み出した大量の迷信に大きく歪められた虚像であることが多い。

一方で、水の世界では、マーケターの脳内のユーザの虚像が、迷信破壊装置によってがんがんぶっ壊され続ける。どんなに認知バイアスに汚染されまくったマーケターでも、動かしがたい現実のデータに直面したら、迷信を削られて、削られて、削られまくるので、必然的に、脳内のユーザ像を覆っている分厚い迷信は減っていき、現実のユーザの形状にどんどん近づいていくことになる。

もちろん、「ユーザの気持ちになって考えられる」というのは、もともとのセンスや才能で決まってしまう部分がかなり大きい。しかし、それは、同じ環境にいる者同士を比較した場合に限られる。中長期的には、環境の違いが、非常に大きく効いてくる。氷の世界にいれば、そのセンスも才能も腐ってしまうし、水の世界にいれば、センスも才能も、後天的に、どんどん伸びていくのだ。

さらに、もう1つ見逃してはならないのは、「氷の世界に、水の世界の武器を持ち込むことが可能」という点だ。

たとえば私は、本を執筆する前、実は、その本の中で使うネタをあらかじめツイートして、ユーザの反応を見ていた。

認知バイアスに関するツイートを繰り返すうち、「単に認知バイアスの知識だけ説明しても、食いつきが悪いこと」「現実の仕事や生活において認知バイアスがどのように作用するかをツイートすると食いつきがいいこと」「具体的にどのような切り口で語れば食いつきがいいのか」などを、それなりに高い解像度でつかみ、それをもとに本を書いたのだ。

また、氷の世界で、氷を溶かしながら戦う企業もある。原因特定解像度が低い環境で、原因特定解像度を上げる工夫をすることで、競争力を高めて戦うような企業だ。

まとめると、次の3つの方法により、氷の世界で成功しやすくなる。

(A)水の世界でセンスを磨き、氷の世界で戦う。
(B)氷の世界に、水の世界の武器を持ち込んで戦う。
(C)氷の世界で戦うとき、自分の陣地の部分だけ溶かして水にして戦う。

これが何を意味するのかというと、「氷の世界で育ったマーケターは、逃げ場がなくなる」ということだ。

氷の世界で育った中年マーケターが、水の世界に出ていくと、経験値がゼロリセットされてしまうので、ハードモードのクソゲーになる。
だからといって、氷の世界に閉じこもって定年まで逃げ切ろうとしても、水の世界で鍛えぬかれたツワモノどもが、水の世界の強力な武器を氷の世界に持ち込んでぶっ放し始めるので、氷の世界の戦いまでもがハードモードのクソゲーになってしまうのだ。

マーケの人材市場で起きている
「相転移」の具体例

ようやく長い前置きが終わったので、この「相転移」について、マーケの専門家がどう考えているのか、見てみよう。

チャットから、山口さんの発言を引用する。
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>>マーケスキル獲得の知の高速道路で、マーケ人材市場に相転移が起きるんじゃないか?

結論から言えば、ふろむださんのおっしゃる原因特定解像度が高く、試行サイクルが短い、デジタルメディアを用いた販促~顧客獲得の施策領域では、すでに相転移が起きていますね。

少し長くなりますが解説しますと、まず、マーケティングのコミュニケーション施策には2つの目的があります。

1つはブランドへの認知や知覚価値を形成するブランディング目的のもの(ブランドAと言えば◯◯が得られる、さらに進むと、◯◯と言えばブランドAの実現)で、ブランドへの信頼度やイメージの向上を目的にし、俗に「ブランドリフト」と呼ばれる指標で評価します。ただ、この計測も難しく、解像度高く把握できているとは言い難いと感じることは多いです。

2つめは、顧客からの購入を目的にした、販売促進目的の施策で、シンプルに購入の数やコンバージョンで評価します。こちらに関しては、すでに明確な数字がとれることが多い。

以上を前提として、相転移の目線でみますと……

1つめの「ブランディング目的の施策領域」においては、基本的に手八丁口八丁な職人が優位性を保つ環境が今でも相対的には維持されています。未だに精度の高いブランドリフトの計測手法が確立していないことと、他の成功例をパクっても後追いが明白だと、消費者からも二番煎じとして支持されないことがその理由です(ソフトバンクの犬のCMがヒットしたから、KDDIも同じように犬を出せばうまくいくわけではない、というような構図で、ブランディングにおいては、差別性が効果を高めるうえで重要な要素になるからです)。

もちろん、やみくもに施策を打つわけではありません。ブランディング目的の施策の善し悪しは、同時期に展開する販促施策の顧客獲得コストを維持したまま獲得数を増やせるか? という視点で評価すると、ある程度目星がつく感覚はあります。良いブランディング施策は、顧客獲得の販促施策のリーチを拡げても、CPA(顧客獲得)のコストは上がらずに維持できるという基準もあります。しかし、これは明確な計測が難しい。

あとは、実際にLTV(ライフ タイム バリュー、顧客生涯価値)の高い顧客のブランド評価を調査し、「どのような価値の認識があると、購買が増えるか?」を検証し、それをコミュニケーション施策にフィードバックすることもあります。ただ、これはダイレクトマーケティング手法の会社でないと精度の高い測定も難しく、原因特定解像度がなかなか上がらないのも実情です。

一方で、2つめの「販促目的の施策領域」においては、数字が計測できるデジタルの世界では、完全に相転移が起きています。過去の経験を蓄積した企業や個人が有利とは限らず、若い企業や個人が相対的に戦いやすく、すでに下剋上が起きている場と言えるでしょう。既存の大手広告代理店の優位性はありません(同時にデジタル領域もコモディティ化してきたので、デジタル専業の会社の多くも、大手広告代理店に対して特に差別性もなく苦しくなっていますが……)。

特に、マス広告の打ち方を見ていると、デジタルの販促の世界でPDCAをまわすことになれた若いネット企業がTV-CMをやると、明らかに学習の速度と力が、既存の古い大手企業とはケタ違いに強く、あっという間に学習していきます。企業規模は大きいですが、モバイルの世界でソフトバンクがキャリアとして成長したのも、大規模な販促施策も数字で検証し、効果の高いやり方に寄せていく、組織的な学習力の高さが大きいと感じています。

私はエビデンスを持っているわけではないですが、ふろむださんがおっしゃる「原因特定解像度がけっこう高く、サイクル長もめっちゃ短いものが、学習の高速道路になる」は、非常に納得感が高く同意です。

ご指摘の、ウェブでのインフルエンサーの学習力もそれに支えられているでしょうし、私が着目する、BtoBのマーケターや営業組織のトップも同じです。BtoBは、BtoCより予算規模が小さかったり、施策数が少なかったりするため、BtoCほど担当者や施策が細分化されておらず、マス媒体での広告~PRからイベントコンテンツや販促施策、さらには営業施策までを個人~少人数で鳥瞰しながら担当しているケースがあります。

そのため、個別の狭い範囲の数値最適化ではなく、事業の売上~収益目線からの横断した全体の数値最適化のセンスが養われることが多い。

また、商品もBtoCのメーカーなら、企画から市場投入まで年単位かかりますが、BtoBのサービス業ですと、極端な話、顧客からのフィードバックにより数日でプロダクトを修正し、再投入して市場の反応を検証できます。

つまり、BtoBは施策の数が少ないだけに、原因特定解像度も高いですし、組織を横断して全体最適化を担いやすい、マーケティング施策のサイクルも短い、と、実は成長しやすい環境条件が揃っています。そういう視点からは、BtoBのマーケターキャリアはもっと着目されても良いと思っています。
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この発言の中で、私がとくに気になったのは、
「特に、マス広告の打ち方を見ていると、デジタルの販促の世界でPDCAをまわすことになれた若いネット企業がTV-CMをやると、明らかに学習の速度と力が、既存の古い大手企業とはケタ違いに強く、あっという間に学習していきます。企業規模は大きいですが、モバイルの世界でソフトバンクがキャリアとして成長したのも、大規模な販促施策も数字で検証し、効果の高いやり方に寄せていく、組織的な学習力の高さが大きいと感じています。」
という部分。

山口さんの書かれた『マーケティングの仕事と年収のリアル』の中では、どうしたらマーケターの年収を上げていくことができるかが議論されているが、今後は、この点も意識して就職先・転職先を選択すると、生涯賃金が大きく変わってきそうに思う。

ここまで、(1)の相転移を説明するだけですでに1万字以上になってしまっていて申し訳ないが、残りの3つは、もっと手短にまとめられると思うので、もうしばらくお付き合いいただきたい。 (続)