この記事は、『マーケティングの仕事と年収のリアル』の著者・山口義宏氏と、『錯覚資産本』の著者・ふろむだ氏によるチャット対談をベースにしたものです。

プロローグで説明されたように、今回は「これから台頭する人、落ちぶれる人の4つの条件」のうちの1つめ、
(1)「原因特定解像度×サイクル長」の変化でマーケ人材の「知の高速道路」ができ、マーケ人材市場に相転移が起きる。
について、詳細に解説します。

「知の高速道路」とは

プロローグでは、マーケ人材の市場には将来起きる大きな変化の1つ目として下記を挙げた。

(1)「原因特定解像度×サイクル長」の変化でマーケ人材の「知の高速道路」ができ、マーケ人材市場に相転移が起きる。

たとえば、将棋の羽生さんや藤井さんがなぜ台頭してきたのかと言うと、「知の高速道路」に乗ったからだ、という議論がある。

将棋というのは、どれだけ優れた対戦相手と、どれだけ多くの対戦を行ったかで、成長速度が大きく違ってくる。

昔は、いい対戦相手と対戦させてもらえる機会はなかなか得られなかった。
ところが、羽生さんの時代になると、インターネットのおかげで、強力な対戦相手と、いつでも、簡単に、がんがんネット対戦できるようになった。これにより、羽生さんは急速に成長し、ネット以前の非効率な学習環境で育った棋士たちをごぼう抜きにした。

これと同じことが、マーケ人材市場ですでに起き始めているし、今後は、それがますます加速していくだろう、というのが、山口さんとふろむだで、意見の一致を見たところだ。

「原因特定解像度」とは

原因特定解像度とは、「マーケ施策の成功・失敗の原因を、どれだけはっきり特定できるか?」ということ。

たとえば、「ふろむだの錯覚資産本が、それなりに多くの方々に買っていただけた原因はなんだろうか?」と、考えてみる。

もちろん、買ってくださった方々のおかげに決まっているのだが、ここではマーケティングの視点から、それを考えてみる。

  • たくさんのインフルエンサーの方がこの本を称賛してくださったから?
  • テレビ番組で林修先生が力説してくださったから?
  • 書店さんが店頭にこの本をドバーッと平積みしてくださったから?
  • 電車に大きな広告を掲載したから?
  • 新聞に広告を出したから?
  • 数百万人に読まれたブログの著者が書いたから?
  • タイトルがよかったから?
  • 表紙のイラストが良かったから?
  • 本の帯が良かったから?
  • 一流のブックデザイナーの方が担当したから?
  • 編集者の方のレビューが優れていたから?
  • 他のレビューアーの方々のレビューが優れていたから?
  • ターゲット顧客の選択が正しかったから?
  • 本のコンセプトが良かったから?
  • 本の構成が優れていたから?
  • 内容が実用的だったから?
  • 文章が面白かったから?
  • 図解が良かったから?
  • 挿絵イラストが良かったから?
  • 「錯覚資産」という概念を作り出したから?
  • 科学研究の成果をわかりやすく紹介したから?
  • 最初の5章を無料でウェブで公開したから?

これだけ多くの要因が絡むと、どの要因が、どれだけ販売部数に寄与したのか、さっぱりわからなくなってしまう。

こういう状態を「原因特定解像度が低い」と呼んでいる。

また、私は『錯覚資産本』を書くのに1年近くかかったし、山口さんは『マーケティングの仕事と年収のリアル』を書くのに1年以上かかっている。つまり、1回の「試行 → 成功・失敗が判明 → その原因が判明」サイクルがかなり長い。

以上を式にすると、こんな感じ。

成長速度 = 単位時間当たりの学習量 = 原因特定解像度の高さ × サイクルの短さ

1サイクルが長く、原因特定解像度が低いと、単位時間当たりの学習量が少なく、スキル蓄積のペースが遅く、成長速度が遅くなってしまう。

これに比べると、ITエンジニアの場合、原因特定解像度は、すばらしく高いことが多い。

間違ったプログラムを書いたら、期待通りに動かない。その原因は、多くの場合、かなりはっきり特定できる。プログラムを改良したら、劇的にパフォーマンスがアップしたとする。その場合も、パフォーマンスが改善した原因は、かなり明確に特定できる。

しかも、プログラムはテスト環境で動かせるので、いくらでも試しに動かしてみることができる。このため、1サイクルが非常に短い。

これがマーケ施策だと、多くの場合、「テスト環境」を非常に作りにくい。本を売る「テスト環境」を作って、何冊売れるか計測してみるということは、できなくはないが、手間とコストを考えると現実的ではないことが多い。

ネットのインフルエンサーも、原因特定解像度が高い。

嫌がられるツイートをすると、みるみるうちにフォロワーが減っていくし、好まれるツイートをすると、みるみるうちにフォロワーが増えていく。ツイートは140文字しかないから、何が原因でフォロワーがそれを不快に思ったのか or それを好んだのか。10万字の本なんかとは、比べ物にならないほど高い解像度で、原因が特定できる。

もちろん、遊びでSNSをやっている人は、フォロワー数が増えようが減ろうがどうでもいいことだろうが、フォロワー数がビジネスに影響するような人の場合、そうも言っていられない。

原因さえ特定できれば、どのようなツイートを避ければフォロワーを減らさずに済むかを学習できるし、どのようなツイートをすればフォロワーが増えるのかも学習できる。

しかも、1サイクルが非常に短い。短ければ数分、長くても数時間で、「試行 → 成功・失敗が判明 → その原因が判明」のサイクルが回る。試しにツイートをしてみて、「あ、失敗したな」と思ったら、すぐに削除して、悪影響を最小限に留めることもできる。

マーケ人材の職場環境も、すでに一部では、そうなっている。

たとえば、スマホアプリやWebアプリの開発やプロモーションをする場合、2週間サイクルでA/Bテストをやっていたりする。A案、B案、C案で、どのUIが一番離脱率が低いか、どのプロモーション施策が一番拡散率が高いかがわかる。それぞれの案は、ほんの少しの違いしかない。このため、何が原因でB案が一番離脱率が低いのか、何が原因でC案がバズったのか、原因をかなり高い解像度で特定できるのだ。

原因特定解像度が超重要なわけ

個々のマーケ施策の成功・失敗に一喜一憂するするマーケ人材をよく見かけるが、そんなものより、「成功・失敗の原因特定解像度」のほうが、はるかに重要だ。なぜなら、それは、中長期的な成功・失敗を決めるからだ。

失敗の原因が特定できなければ、次に、いったい何をやったら失敗を回避できるのかがわからない。
成功の原因が特定できなければ、次に、いったい何をやったら成功に結びつくのかがわからない。

原因特定解像度が低いと、いくら成功しても、失敗しても、それが血肉になっていかないのだ。

人間には、「運を実力と錯覚する認知バイアス」があるため、実際以上に、自分のマーケ施策によって成功・失敗が決まったと錯覚しているが、実際には、自分が思っているよりもはるかに運で決まっている(詳しくは、拙書『錯覚資産本』を参照のこと)。

運に一喜一憂してもしょうがない。そんなものより、運に左右されにくい「中長期的な成功・失敗」を決定する要因に目を向けるほうがクレバーだ。

なぜ、「中長期的な成功・失敗」が運に左右されにくいのかと言うと、統計学で言うところの「大数の法則」が効いてくるからだ。

1回だけサイコロを振って1の目が出るのは運次第だ。しかし、サイコロを振り続ければ、中長期的には、1が出る割合は、ほとんど運に左右されず、1/6に収束していく。十分に試行回数が多ければ、運の要素はどんどん潰され、本来の実力(成功確率)によって決まる部分がどんどん大きくなっていく。

つまり、我々が集中するべきは「サイコロを振って1を出すゲーム」ではない。「サイコロを削って、1の出る確率を、1/6 → 1/5 → 1/4 → 1/3 → 1/2と上げていくゲーム」なのだ。

台頭していくマーケ人材と落ちぶれていく人材では、そもそも、やっているゲームが異なるのだ。

ここで「サイコロのどこを削れば1の出る確率(=実力)が上がるのか?」という話になるのだが、それが「原因特定解像度」と「1サイクルの長さ」なのだ。

なぜなら、実力の伸びは「単位時間当たりの学習量」に依存するが、それは次の式で決まってくるからだ。

単位時間当たりの学習量 = 原因特定解像度の高さ × サイクルの短さ
 

原因の特定に「直感」は役に立たない

ここで、「いや、どの要因がどれくらい成功に寄与したかなんて、だいたい直感的にわかるだろう」と思う方もいらっしゃるだろう。

私もそう思う。直感的には。

しかし、その直感はさまざまな認知バイアスに汚染されているので、たいていアテにならない。

たとえば、人間には、自分が注意を向けている対象を過剰に重要だと思いこむという認知バイアスがある。

著者は、文章に注意が向く。したがって、文章を、実際以上に重要な成功・失敗要因だと思う。同様に、編集者は、自分のレビュー、アドバイス、本の帯、自分がアサインしたイラストレーターやデザイナーの人選などなどが、実際以上に重要だったと思う。イラストレーターは表紙絵や挿絵が、デザイナーはブックデザインが、実際以上に重要だと思う。

出版社の経営者は出版社の力が、宣伝部の方々はプロモーションが、テレビプロデューサーの方はそのTV番組でこの本を取り上げたことが、インフルエンサーの方々は、自分がネットで推したことが、実際以上に重要だったと思う。

さらに、人間の直感は、アベイラビリティ・バイアス(Availability bias)という認知バイアスにも汚染されている。

たとえば、たまたまインフルエンサーの方がこの本をネットで激推ししたのを目撃した人は、そのことが「思い浮かびやすく」なる。人間は、思い浮かびやすい情報を過大評価して思考するという認知バイアス(アベイラビリティ・バイアス)があるので、その人は、インフルエンサーのおかげでふろむだの本が売れたのだと思う。

一方で、新宿紀伊国屋で、ふろむだの本がドバーッと平積みで敷き詰められているのを見た人は、書店さんがふろむだ本を激推ししてくれたために、ふろむだ本が売れたのだと思う。

あるいは、「ふろむだが起業した会社が上場した」という事実を知った人は、ハロー効果という認知バイアスによって、ふろむだがなんかすごい奴だからすごい本になり、そのために売れたのだと思うかもしれない。

これ以外にも、直感は、さまざまな認知バイアスに汚染されている。問題が複雑で、原因特定解像度が低ければ低いほど、思考の錯覚による直感の汚染はひどくなる(詳しくは拙書『錯覚資産本』を参照のこと)。

そうした直感の汚染は、さまざまな「迷信」を作り出す。本当はあまり重要でない施策が、成功に欠かせない重要な施策だと思い込んでしまうのだ。

このため、多くのマーケ人材が経験によって得た「マーケティング知見」がただの迷信であることは、少しも珍しいことではない。

なぜそれが迷信だとわかるかというと、それが迷信だということを、暴く方法があるからだ。

迷信の繁殖、そして虐殺

山口さんとの対談から、ふろむだの発言を引用しよう。
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かなりの自信をもって作った最強のアプリのUIが、それまでの使いにくいはずのUIと、離脱率が全然変わらなかったときの、衝撃たるや(笑)。
チーム全員で、ひっくり返りました。いままでの大議論と、インサイトの発見と、そのすごい説得力と、興奮はなんだったんだ、と。
(単に「使い慣れたUIの方が使いやすい効果」という要因を取り除くために、既存ユーザに対してではなく、新規流入ユーザだけをAとBに振り分けてあります)
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ランダム化比較試験、俗に言うA/Bテストは、極めて強力な迷信破壊装置だ。

多くの場合、十分な経験を詰んだマーケターの「迷信」は、非常に強力な説得力を持つ。

たとえば、プロモーションのキャッチコピーやデザインなどに対して、「これ、ダサくないですか?」と経験豊富なマーケターに言うと、自信満満に「いや、ダサいくらいのほうが売れるんだよ」などと言われることがある。マーケティング歴20年の人にそう言われてしまうと、ほとんどの人は、「マーケの専門家がそう言うなら、そうなんだろう」と思ってしまう。

しかし、実際にA/Bテストをして確かめてみると、ダサい案は、ダサくない案にボロ負けし、そのマーケターの信じていることが「迷信」であることが、白日のもとにさらされることがある。

実際には、ダサい案とダサくない案で、どっちが優れているかなど、ケースバイケースなので、一概には言えない。にもかかわらず、なぜ、そのマーケターは、「ダサいくらいのほうが売れる」と信じるようになってしまったのだろうか?

原因特定解像度が低いと「ダサい」以外の原因がたくさんあっても、どれが重要な原因だかはっきりしない。そういう状況で、たまたま「ダサさ」が目立つ特徴だったとすると、そのマーケターの注意は「ダサさ」という特徴に集中し、「注意を向けているものを重要だと思いこむ認知バイアス」によって、「ダサさ」が原因でそれが成功したのだと錯覚してしまうことがあるのだ。

あるいは、なんかのきっかけで「ダサさ」が思い浮かびやすくなって、アベイラビリティ・バイアスによって「ダサさ」が原因だと思ったかもしれないし、経歴の立派な人が「ダサいから売れたのだ」と言ったので、そのハロー効果によってそれを信じてしまったのかもしれない。

このようにして、「低い原因特定解像度」と「認知バイアス」が接触すると、悪魔的な化学反応を起こして、「迷信」が大繁殖するのだ。逆に、「高い原因特定解像度」は、認知バイアスを補正し、「迷信」の大虐殺を引き起こす。

原因特定解像度が高い企業と、低い企業が競争すると、多くの場合、高い企業が圧勝する。

たとえば、じゃらんや楽天トラベルなどのネットの旅行代理店が、主にリアル店舗で営業していた旅行代理店のシェアを食いまくったのは、マーケ施策の原因特定解像度の高さが重要な要因の1つだろう。

リアル店舗で紙のチラシを配っても、どのキャッチコピーやデザインのチラシが効いているのか、ろくに特定できない。紙媒体でA/Bテストをやろうとすると、コストがかかりすぎる上、1サイクルも長くなりすぎる。

こんな環境では、マーケターは、いくら経験を積んで、スキルを増やしたつもりでも、そのスキルのかなりの部分が、「迷信」になってしまう。

千と千尋の神隠しで、カオナシから、いくらたくさん金の粒をもらっても、それは結局、泥の粒でしかなかったことが、あとで判明することになる。

金の粒を貯めているつもりで、泥の粒を貯めているマーケターが、「高い原因特定解像度×短いサイクル」で本物の金を着実に貯めているマーケターにかなうわけがない。

そのため、じゃらんや楽天トラベルのような、「高い原因特定解像度×短いサイクル」でマーケティング施策をやっている会社がマーケットシェアを伸ばし、「高い原因特定解像度×短いサイクル」の職場環境がどんどん増えていく。

広がり続ける「水の世界」

それに加え、ディープラーニングによる画像認識技術やIoTの発達で、計測可能な領域は、リアルにまで広がっていこうとしている。

コンビニのカメラの映像を処理することで、店内を訪れている客の性別や年令を識別し、どんな客がどんな曜日の、どんな時間帯の、どんな気温のときに、どんな商品を買うのか、あるいは買おうとしてやめたのかの情報がとれるようになる。

店内にデジタルサイネージを設置しておけば、それに出すプロモーション画像の効果をA/Bテストすることもできるし、中央からの指示で、A/Bテスト的に商品陳列の効果を確かめながら、最適な商品陳列方法を見出すこともできるようになるかもしれない。

一面に広がった氷原の中で、ところどころ相転移して水になったところができて、その水のエリアが、どんどん広がっていっている。「高い原因特定解像度×短いサイクル」というマーケ人材育成環境(水)が、どんどん広がっているのだ。

※相転移とは、たとえば、氷が水になったり、水が水蒸気になること。

マーケットでこのような相転移が起きると、「低い原因特定解像度×長いサイクル」という氷の世界で育ったマーケ人材が長年蓄積してきた知識と経験は、そびえ立つクソの山であることが明らかにされてしまう。そうなると、「低い原因特定解像度×長いサイクル」で育ったマーケ人材の市場価値は暴落する。

中年マーケターは、気力・体力では若いマーケターに劣ることが多いが、知識と経験では勝るため、これまでは、より高い地位や年収を享受してこれた。

しかし、相転移によって中年マーケターの知識・経験の多くがゼロリセットされてしまうと、中年マーケターは、知識・経験は若いマーケターと大差なく、気力・体力は劣るので、むしろ、人材価値は若いマーケターを下回るようになる。

そうなると、マーケター歴20年の中年マーケターの人材価値が、マーケター歴3年の若年人材に劣るというようなケースがどんどん出てきてもおかしくない。(続)

山口義宏(やまぐち・よしひろ)
インサイトフォース代表取締役
東証一部上場メーカー子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部上場コンサルティング会社でブランドコンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年にブランド・マーケティング領域支援に特化した戦略コンサルティングファームのインサイトフォース設立。大手企業を中心にこれまで100社以上の戦略コンサルティングに従事している。近著に『マーケティングの仕事と年収のリアル』(ダイヤモンド社)があるほか、『デジタル時代の基礎知識「ブランディング」 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール』(翔泳社)などの著書がある。東京都生まれ。