「全ての人にテクノロジーに対する理解が必須となった時代――しかし、テクノロジスト以外のノン・テクノロジストが知り、身につけるべきはテ クノロジーそのものではない。テクノロジー思考である。」

この刺激的なメッセージを中心とする書籍、『テクノロジー思考』が発売となりました。同書は、シンガポールからイノベーション投資を通じて世界を見渡すVC(ベンチャー・キャピタリスト)・蛯原健氏の初の著書であり、まさにノン・テクノロジストに新たな視点を与えてくれる1冊です。
この連載では、同書の一部を再編集して公開していきます。第2回は、「インターネットが成長産業である」という、多くの人が持つ誤解に迫ります。

インターネットはどのようにしてレガシー産業になったのか

「インターネット産業は成長産業である」──これはテクノロジー思考の欠如によって生じる、典型的な現状認識の誤りである。テクノロジーとは進化の道具である。それを使いこなす者は進化し、そうでない者の時計は止まっている。前者にとって今日は昨日と異なるが、後者にとっては同じ日である。その毎日が蓄積し、やがては大きく誤った現状認識を生む。

 インターネットはもはや成長産業ではない。他の多くの産業と同じように成熟したレガシー産業である。

 iPhoneすなわちスマートフォンが世にデビューしたのは2007年である。以来10年余が過ぎ、そしてとうとう2017年、スマートフォンの世界出荷数の伸びは止まった。対前年ゼロ成長である。自動車や洗濯機、冷蔵庫、電子レンジですら年数%は成長しているのに、である。アップルはとうとうiPhoneの販売台数を発表することすらもやめてしまった。

 これと同時にインターネット利用者人口もまた7%とそれまでの2けた成長を割り込み、ダルな低成長時代へと突入した。全世界においてはスマートフォン経由のインターネットアクセスがPC経由よりもはるかに多い現代においては当然である。

「インターネット産業は成長産業である」という認識が間違っているわけ

 かつその低成長ですら新興国の地方部によってもたらされており、先進国や、新興国でも都市部においてはインターネット人口成長率はフラット化に近づいている。むしろ先進国においては少子高齢化による人口減少によって、インターネット利用者数が減少に転じるまでそう長くはかからない。その先端を行く日本に至ってはすでにそれは始まっている。

 日本の総務省発表によるインターネット普及率は、2013年に80%を超えて以来5年以上、年で1%も増えておらずフラット化している。その一方で総人口はその間一貫して減少し続けているのだから、当然インターネットユーザ数は減少する。現に2017年に日本のインターネット利用者数はとうとう減少に転じた。

 加えて、産業内ミクロの状況を見ると、ARPU(顧客あたり単価)が低いゆえに連結業績貢献がほとんどない、ないしは利益的にはマイナスの貢献ですらある新興国を除いた先進国のゼロ成長化した市場のパイを、現在の世界時価総額ランキング上位を占める巨大テクノロジー企業7社が寡占している。

 その7社とはすなわち、クラウドで稼いだ莫大な収益を、Eコマースを核としつつも総合コンシューマ産業的に全方位で先行投資を進めるアマゾン。もはや中興の祖と言ってよいインド人経営者サティア・ナデラが見事に復活させ時価総額世界頂点を再び奪取したマイクロソフト。広告産業を寡占し、データエコノミーのヘゲモニー(覇権)を握る二大巨頭のアルファベット(その中核事業会社グーグル)とフェイスブック。そして過去20年の人類最大の発明と言って過言でないインパクトを社会と自らの業績に与えたスマートフォンの産みの親たるアップル。これら米国5社に加えてアジア時価総額ツートップ、Eコマースの圧倒的覇者でありグループに世界最大のフィンテック企業(アント・フィナンシャル)を擁するアリババ、そしてEコマース以外の中国のデジタル経済圏を手広く押さえるテンセントの中国二強がそれである。

 彼ら7社はすでに巨大であるにもかかわらず業際浸食を繰り返すことで垂直統合を推し進めている。また無尽蔵な資金源により芽が出はじめたスタートアップや新技術の買収を繰り返すことで新規の参入者を実質的にブロックする。これによって盤石な本業においては引き続き高い収益成長を保持するとともに、フロンティア市場の可能性もその手中に収めている。

 ゆえにファンダメンタルズ(業績、財務)上も、PER(株価収益倍率、すなわち将来成長評価)上も、他を圧倒的に凌駕する評価を株式マーケットで享受している。そしてその高い評価を用いることで株式交換による買収を、これまた他を寄せ付けない規模で行う。その繰り返しによってもはや止まらない拡大再生産を続けている。

 このような圧倒的な7社の有様を見るに、あたかもインターネット産業全体が未だ成長産業であるかのような錯覚に人々はしばしば見舞われる。しかし彼ら以外にとってそれは当てはまらない。それが不都合な真実である。それはテクノロジー思考の欠如が生む幻想に過ぎない。

 スマートフォンがこの10年のインターネットの成長に寄与したことは論ずるまでもない。国連傘下の国際電気通信連合(ITU)によると、2018年末時点で世界のインターネット人口は実に39億人、総人口の51・2%に達している。

 うちアジアだけで半分の20億人いるが、その多くはPCを有してはいない。インターネット人口が過去一貫して2けたパーセント成長をしてきたこと、人口が増えているにもかかわらず対人口普及率が鈍化せずにきたことは、ひとえにアップルのイノベーションによるスマートフォンの誕生と、その対抗たるグーグルがオープンOSとしてのアンドロイドを投入したこと、それにより韓国、中国勢端末メーカーの参入の道を開き、彼らが端末の低価格化、高スペック化努力を惜しまなかったことの賜物である。

 2007年7月、iPhone発売時のアップルの株価は18ドルであったのに対し、今の株価はその8・3倍の150ドルである。同社の売上構成比の過半を占めるのは、言うまでもなくiPhoneとなっている。アップルの次に最もスマートフォンを売ってきた韓国サムスンの時価総額は、日本で最も時価総額が大きいトヨタの1.5倍である。中国スマートフォンメーカー小米科技(シャオミ)は設立わずか8年で4兆円もの企業価値を生んだ。

 またスマートフォンは現代版の自動車産業よろしく、半導体産業を筆頭に半導体製造装置、バッテリー、素材、ディスプレイ、組立て加工、小売流通等、その大きさと波及効果が甚大な産業を形成している。

 さらにその上にメッセンジャー、ソーシャルメディア等に紐づく広告産業、Eコマース、ゲーム、映像・音楽エンターテインメント等、それまでPCを使わなかった層の巨大なオンライン需要を創出した。

 その結果、当然にデータ通信量は指数関数的に増え、各国の通信会社の収益も飛躍的に増大した。

 このようにスマートフォンが過去10年間の世界経済成長を大きく牽引してきたことは明白である。

 そしてそれが今、飽和した。
 スマートフォンの出荷台数がゼロ成長となったのである。性能アップによる買い替えサイクルの長期化や、世界の保護主義化により激化しつつある貿易摩擦などさまざまな要因はある。しかし兎にも角にもスマートフォンという巨大産業の成長が止まった、ないしは微小な成長率の成熟産業と化してしまったことは事実である。

 2018年秋口からITセクターの株式は下落傾向にあるが、なかでもアップルの下げはひと際大きい。関連する半導体、中国・台湾の組立て加工業等もしかりである。これによって長きにわたり保ってきた時価総額世界ナンバーワンの地位から、アップルはいとも簡単に引き摺り下ろされてしまった。

 机の上から膝の上へ、膝の上から手のひらへと、コンピューティング・デバイス革命はこの70年間進化してきた。特にこの10年は凄まじかった。しかしそれが今、踊り場にある。そうなる前から「手のひらの次は服(ウェラブル)だ、腕時計(スマートウォッチ)だ、眼鏡(スマートグラス)だ」などとメディアは書き立て、人々は浮足立った。しかし残念ながら人々の期待に反し、それらの産業規模は、少なくともこれまでのデバイス革命に比べたら今のところほぼ無視してよいほどの経済インパクトでしかない。グーグルは鳴り物入りで始めたスマートグラスの製造販売をたった2年で止めて事業閉鎖し(その後2017年に製造業や医療等一部のビジネス用途として復活したものの)、ウェラブルやスマートウォッチを開発するスタートアップ達は軒並みバタバタと息絶えていった。

 一方で、手のひらも眼鏡もすべてすっ飛ばし、脳みそにコンピュータを直付けするBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)と言われる分野の研究開発が進んでいる。しかし、その本格実用化はごく一部の先端医療など専門用途を除いてしばらく先のことになる。

 このように人口動態上の要因、一握りの企業群による寡占要因、新デバイスのイノベーション停滞等の理由によって、インターネットは成長産業の看板を下ろし、成熟化した普通の産業と化してしまったのである。

「インターネットの外」のレースが始まっている

 では、インターネット産業が成熟してしまった今日において、引き続き世界に星の数ほど生まれているスタートアップはどこに向かっているのだろうか。増え続ける莫大な投資資金はどこに向かっているのか。

 答えは簡単、「インターネットの外」である。
 医療、交通、物流、教育、製造業等々、リアルでフィジカルな世界をテクノロジーによって再定義する競争がすでに始まっている。一般にデジタルトランスフォーメーションと言われるものも、これと同義と考えてほとんど差し支えない。全産業において起きているからこそ、あらゆる産業に従事する人々にとって、テクノロジーへの理解がより決定的に必要となっているのである。

 ところで、インターネットの「中」で最もトランスフォーメーション(革新)された産業は何だったのか。それは広告産業である。加えて広告収入の「撒き餌」であるところのコンテンツ産業だった。

 現代のインターネット産業は7つの企業に寡占されているが、うちグーグルとフェイスブックの収益源は広告である。その広告を閲覧するための道具、スマートフォンを作っているのがアップルであり、それらを表示するためのサーバがアマゾン(AWS)、マイクロソフト(アジュール)である。中国テンセントもその売上構成はコンテンツと広告である。

 なお、アリババとアマゾンのEコマースについては、インターネットの中が半分、外が半分の事業リソースによって構成されるハイブリッド産業である。陳列、集客、注文、決済のプロセスはオンラインだが、在庫・物流に膨大なオフラインリソースへの投資を要する。したがって、アマゾンの収益性はその大半をクラウドサービス依存しているし、アリババの高い収益性の本質は出店者に対する集客マーケティングの代行であって、コマースすなわち販売マージンはその一部である。

 逆に、そうであればこそ、Eコマースを儲かるビジネスとすべくアマゾン、アリババともにオフライン事業リソース部分のデジタルトランスフォーメーションに躍起なのである。アマゾンは2012年にロボットメーカーのKivaを買収し倉庫のロボット化・無人化を推し進め、アリババは物流のアルゴリズム最適化、クラウドソーシング化に1兆円を投じている。

 議論を広告に戻すと、広告とコンテンツの事業構成要素はほぼ100%データである。ゆえにインターネットの登場以来、四半世紀で最もデジタルトランスフォーメーションが進んだ産業となり、他方でディスラプト(破壊)される側の旧来メディアが最も危機に瀕している産業の1つである。

 それらデジタルネイティブな広告・コンテンツ産業のデジタルトランスフォーメーションのレースが第四コーナーに差し掛かるとともに、その他全産業のデジタルトランスフォーメーションのレースが「インターネットの外」において始まった。それが2010年代後半から今後しばらく続く一大産業変革である。

 現在(2019年1月)の米国のスタートアップ時価総額ランキング上位からUber(交通)、WeWork(オフィス)、Airbnb(宿泊)のトップ3すべてが「インターネットの外」が主戦場のビジネスを展開している。

「インターネット産業は成長産業である」という認識が間違っているわけ

 ちなみに10年前の2009年のスタートアップ(未上場)ランキングの1位はフェイスブックだった。ようやく競合のMySpace(マイスペース)をユーザ数で追い抜いた年である。他にもLinkedIn(リンクトイン)などピュアインターネット企業ばかりが当時のランキング上位に名を連ねている。

 「インターネットの外」の産業はデジタル完結するインターネット産業と違い、タフでシリアスであり、収穫逓増期までに時間がかかるビジネスである。ゆえに後回しにされ、ライトですぐに儲かるインターネットビジネスに猫も杓子も飛びついたのが過去四半世紀だった。なにしろ無一文の十代の若者だろうが、請求書も企画書も書いた経験のない大学生だろうが、コードを書けさえすれば(近年のインターネット起業ではそれすら必要ない)起業ができた。そして運が良ければ億万長者にもなれた。

 しかしインターネットの外は違う。

 タックルせんとする産業の構造、実情を深く理解していなければならない。そして最終消費者だけと向き合っていればよかったインターネットビジネスと違い、複数のステイクホルダーと真摯に向き合わねばならず、適切なコミュニケーションコントロールを行う必要がある。さらにそのステイクホルダーには少なからず行政や地方自治体の規制当局、業界団体、労働組合、ひいては一般大衆の民意といった、一筋縄ではいかない相手も含まれ、またそれらとの調整能力も必要である。おおよそ二十歳そこそこの未経験の若者にはできない代物である。

 事実、それらステイクホルダーとの利害調整に失敗したUberは危機に瀕し、結局、創業社長トラヴィス・カラニックは会社を追放される結果となった。Airbnbも世界各地で規制に締め出され多数の訴訟を抱えているし、自動運転は事故を起こした瞬間に市民の敵となり締め出される。それがインターネットの外の戦いであり、極めてシリアスでタフである。