この4月、炭素繊維市場で約7割のシェアを握る大手炭素繊維メーカー3社がいっせいに値上げに動いた。ゴルフクラブなどスポーツ用途向けが中心で、業界首位の東レが10~15%、帝人子会社の東邦テナックスが約10%、三菱レイヨンが5~20%の値上げを顧客企業に打診している。

 炭素繊維は鉄の4分の1の重さで10倍の強度を持つ。2003年以降、スポーツ用品から機械部品、航空機へと用途が広がり需要が急拡大、各社が競って生産能力増強を進めてきた。ところが、リーマンショック後の世界不況で需要が激減、需給バランスが崩れて、スポーツ用途など汎用品では3~4割も価格が下落し、各社の炭素繊維事業は赤字に陥っていた。

 業界関係者のなかには、今回の値上げを時期尚早だと見る向きもある。年6万数千トンの生産能力に対して需要は3万トンと半分以下で、依然として過剰な生産能力を抱えているからだ。それにもかかわらず、なぜ各社は値上げに踏み切ったのか。理由は大きく二つある。

 第1に、炭素繊維の主原料であるアクリロニトリルの価格が上昇していること。1年前は1トン当たり880ドルだった価格が現在は2350ドルまで急騰しており、「自助努力で吸収できる範囲を超えている」(大西盛行・東レ取締役)。

 第2に、需要が回復基調にあること。09年は約2万3000トンまで激減したが、「足元は需要が戻ってきており、10年は08年とほぼ同じ3万トンまで回復するだろう」(立林康巨・三菱レイヨン取締役)。

 今のところ値上げは着々と進んでいる模様。需要回復に加え、「最大手の東レが率先して値上げを表明したことで環境が整った」(業界関係者)。また、値上げとはいっても、価格下落以前と比べればまだ安く、大口需要家からは「値戻し」と受け取られているようだ。

 もっとも、値上げだけで各社の炭素繊維事業が本格回復するわけではない。供給過剰を解消するためには、自動車向けなど新需要開拓が不可欠だ。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 前田 剛)

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