Photo:EPA=JIJI

 5月17日、日産自動車は6月末の定時株主総会に提案する取締役候補を公表した。自身の続投の手はずが整った西川廣人社長は、胸をなで下ろしたに違いない。

 西川社長に対して、カルロス・ゴーン氏による不正事案の経営責任に加え、業績不振の責任を問う声が社内外で高まっていたからだ。

 実際に、日産のガバナンス体制を強化するために設置された「暫定指名・報酬諮問委員会」の場でも、“西川降ろし”の動きがあった。ある投資家に西川社長再任の理由を問われた井原慶子委員長は、「反対もあったが、賛成もあった。経営の継続性と安定を優先させた」と発言するにとどめた。実は、「他ならぬ井原氏自身が西川社長の指名に難色を示していた」(日産関係者)のだという。

 だが、西川社長続投が覆ることはなかった。西川社長による多数派工作は実に巧妙だった。経済産業省への配慮、ルノー出身役員への配慮、そして何より反乱因子となり得る日産出身幹部への配慮を怠ることなく、西川社長は足場を固めていった。

 例えば、ルノー出身のジャン・バプティステ・ドゥザン委員の懐柔や、日産出身幹部のEC(最高意思決定機関)への登用である。

 取締役選定の過程で、経営統合をめぐりルノーとの対立が表面化。これが、長期政権を築きたい西川社長にとってむしろ福音となった。ティエリー・ボロレ・ルノーCEO(最高経営責任者)を取締役候補に受け入れざるを得なかったのは誤算だったかもしれないが、その一方で、「ルノーと戦うためにも、日産陣営が一枚岩でいるべき。ここで西川社長続投の流れができた」(同)からだ。