松本 隆
「そりゃ憧れるわ…」近藤真彦が“松本隆に影響されて”選んだ初愛車が、まさかの化け物カーだった
作詞家・松本隆の記憶をたどると、そこにはいつも車とラジオがあった。移動する密室としての車、家族や他者と同じ時間を共有するラジオ。それらは単なる道具ではなく、時代の空気や音楽を身体に刻み込む媒介だった。個人の回想を手がかりに、彼が生きた時代の輪郭をなぞる。※本稿は、作詞家の松本 隆『書きかけの…ことばの岸辺で』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。なお、初出は『朝日新聞土曜別刷り』に連載している「書きかけの…」に掲載されました。

応援歌が苦手な作詞家・松本隆が、KinKi Kidsに託した「静かな励ましの曲」の原点
数多の名曲で作詞を担当している松本隆。常に第一線で勝負してきた彼だが、心身に限界を感じて充電に入った期間がある。「がんばれなかった」時間を経験した彼が生み出した、KinKi Kids(現・DOMOTO)の1曲とは?※本稿は、作詞家の松本 隆『書きかけの…ことばの岸辺で』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。なお、初出は『朝日新聞土曜別刷り』に連載している「書きかけの…」に掲載されました。

松田聖子、作曲家を知らずに歌い始め…突然しゃがみ込んで号泣したワケ
作詞家・松本隆にとって、松田聖子との仕事は特別な意味を持っていた。彼女は当時のアイドルの定説を軽やかに裏切り続けた存在だったという。松本がそんな彼女に向けた詞の中に、どのようなメッセージを忍ばせたのか。※本稿は、作詞家の松本 隆『書きかけの…ことばの岸辺で』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。なお、初出は『朝日新聞土曜別刷り』に連載している「書きかけの…」に掲載されました。

作詞家・松本隆が50年ぶりにドラムを叩いた夜、武道館で見た“不思議な渦”とは
作詞家・松本隆は、日本のロックの原点と言われる「はっぴいえんど」のドラマーだった。作詞家として目覚ましい活躍をするなか、半世紀を経て再びステージに立つことになる。なぜ今、もう一度ドラムだったのか。彼は自らの来歴と向き合いながら、音楽と言葉の出発点を振り返る。※本稿は、作詞家の松本 隆『書きかけの…ことばの岸辺で』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。なお、初出は『朝日新聞土曜別刷り』に連載している「書きかけの…」に掲載されました。
