Photo:SANKEI
作詞家・松本隆は、日本のロックの原点と言われる「はっぴいえんど」のドラマーだった。作詞家として目覚ましい活躍をするなか、半世紀を経て再びステージに立つことになる。なぜ今、もう一度ドラムだったのか。彼は自らの来歴と向き合いながら、音楽と言葉の出発点を振り返る。※本稿は、作詞家の松本 隆『書きかけの…ことばの岸辺で』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。なお、初出は『朝日新聞土曜別刷り』に連載している「書きかけの…」に掲載されました。
作詞を55年続けてきて
50年ぶりに大舞台でドラムを叩く
作詞家と呼ばれるようになる前、ぼくは「はっぴいえんど」というバンドのドラマーだった。なにしろ50年ほど前のこと、映像といっても岡林信康さんの後ろで叩く姿が数秒くらい映っているのが残っている程度だ。「ほんとはあの人、叩いてないんじゃない?」などとささやく世代が出てくるのも無理はない。
バンドをやめてから、ドラムでは食べていけないだろうと考え、作詞活動に専念した。作詞なら年をとってもできるだろう、と。それが去年、日本武道館で叩くことになり、72歳にして3曲の演奏を披露した。
もう叩くことはないだろうと思っていたのだが、周りの声に流されてしまったというか。これまでさまざまなオーダーに応えて仕事をしながらも、100%魂を売るようなことや、偉い人の意向を忖度するようなことはしなかった。でも、つい周りの雰囲気に流されてしまう自分もいたりする。
それは、「風街オデッセイ2021」と題して2021年11月に2日間にわたって開かれた公演の中での出来事だった。







