カルロス・ゴーン氏(右)の最側近として日産再建に深く関わった筆者・志賀俊之氏。当事者の視点でつづられる貴重な歴史録だ Photo:Koichi Kamoshida/gettyimages
かつてカルロス・ゴーン氏の右腕として、日産自動車復活の最前線に立った男が、いま初めて沈黙を破る。自動車業界一筋50年、元日産COO(最高執行責任者)の志賀俊之氏が、自らの半生と日本の自動車産業の光と影を重ね合わせながらつづる大型連載が始動する。「ゴーン経営」が残した功罪とは何か。なぜ日産は再び経営危機に陥ったのか――。志賀氏はこう語る。
「ゴーン氏と歩んだ14年間、苦難も喜びも分かち合ってきた私が、その経営の神髄と誤りを客観的な記録として残したい。現在の日産の経営危機を招いた“共犯者”の志賀が、何を今更、という非難は覚悟の上だ。しかし、過去の学びが日産の復活につながると信じ、筆を執る決意をした」
志賀氏を突き動かすのは、「100年に1度」の大転換期に直面する日本の自動車産業への強烈な危機感だ。本連載では、日産時代の史実と教訓を掘り下げる【過去編】と、向こう50年のモビリティ産業の行方を展望する【ミライ編】を、タイムマシンで時代を行き来するように描いていく。過去の成功と失敗から何を学び、ミライをどう描くのか。半世紀にわたり産業の中枢を歩んできた当事者が、全知見と覚悟を懸けてつづる、混迷するモビリティ産業への渾身の“遺言”である。連載『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』の初回は、【過去編】からスタート。時計の針を7年巻き戻し、ゴーン氏が電撃逮捕された、あの瞬間の描写から物語は幕を開ける。
逮捕当日はゴーンも合流するはずだった
リーダーシップ研修の歓迎会
「ゴーンさんが羽田空港で逮捕されたらしいです」
2018年11月19日、月曜の夕方のことだ。当時、日産自動車の取締役と兼務していた官民ファンド・産業革新機構の会長室に、秘書が血相を変え飛び込んできて、慌てた様子で私に告げた。
「……何だって?」
思わず聞き返したものの、言葉を失った。事態がのみ込めず、私は反射的にテレビのスイッチを入れた。画面に映し出されていたのは、カルロス・ゴーンと何度も同乗した、見覚えのある日産のコーポレートジェット機。羽田空港に駐機場に静かに止まっていた。
日産自動車の本社(横浜市みなとみらい)にも東京地検の捜査が入ったらしい。秘書室に電話を入れてみても、現場は混乱のただ中にあり、要領を得る説明は返ってこなかった。
「いったい、何が起きているのか――」
答えのない問いを抱えたまま、私はその夜に予定されていた、通称“ゴーンスクール”と呼ばれるリーダーシップ研修の歓迎会へ向かった。
“ゴーンスクール”とは、正式名称を「Global Resilience Leadership Program(GRLP)」という合宿型の社会人向けリーダーシップ研修だ。私が日産のCOO(最高執行責任者)を退き、副会長に就いた14年から、毎年開催していた。
このプログラムの最大の売りは、受講者が“生のゴーン”と直接対話できることにあった。今振り返ればあまりにものんきな話だが、当時の私はこう考えてさえいた。
「金曜日には釈放されて、ゴーンさんとのセッションも予定通り実施できるかな――」
現実が、その淡い期待を、無残に打ち砕くことになろうとは、まだ知る由もなかった。







