フォロー

鎌田俊哉

音楽プロデューサー

東京都出身。バンド活動を経て、20代で山下達郎のムーン・レコードに参加。その後、近藤真彦のレコード制作に携わり、少年隊、SMAP、嵐、林田健司、Kiroroなどをプロデュース。2010年から中国に進出。以降もMISIA、倉木麻衣、EXIT、Little Black Dress、新浜レオンほかを幅広く手がける。2024年12月にアナログ・レコードのレーベル、Fourth Wave Record Factoryを立ち上げ、音楽で世界を目指す。音楽プロデュース歴40年以上。イベント情報などは、リットリンクを要参照(https://lit.link/kamada)。

そりゃ26年も愛されるわ…「3カ月は続けよう」で始まった嵐が国民的グループになれた理由
鎌田俊哉
2026年5月31日、東京ドームでのコンサートを最後に26年半の活動に幕を下ろした国民的人気グループ・嵐。その原点となったデビュー曲「A・RA・SHI」は、完成まで3カ月を要し、櫻井翔のラップも当初は「アイドルに必要なのか」と制作陣が試行錯誤を重ねた末に生まれた楽曲だった。音楽プロデューサーの鎌田俊哉氏が、異色のヒット曲誕生の舞台裏と、嵐が20年以上にわたって愛され続けた理由を明かす。※本稿は、音楽プロデューサーの鎌田俊哉『ヒットのつくり方』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。
そりゃ26年も愛されるわ…「3カ月は続けよう」で始まった嵐が国民的グループになれた理由
「歌の意味わかってる?」→SMAPの沈黙に小田和正が漏らした「最高だね」の真意
鎌田俊哉
「夜空ノムコウ」をはじめ、SMAPの楽曲には世界最高峰のミュージシャンたちが数多く参加していた。しかし、当のメンバーたちは、その豪華さや演奏のすごさに無頓着だったという。音楽的な知識や先入観に縛られなかったからこそ生まれた、SMAPならではの魅力とは何だったのか。音楽プロデューサーの鎌田俊哉氏が、その舞台裏を振り返る。※本稿は、音楽プロデューサーの鎌田俊哉『ヒットのつくり方』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。
「歌の意味わかってる?」→SMAPの沈黙に小田和正が漏らした「最高だね」の真意
「夜空ノムコウ」じゃなかったのか…SMAPの大ヒット曲、もともとは「演歌?」と思われた曲名だった
鎌田俊哉
「Hey Hey おおきに毎度あり」「がんばりましょう」「SHAKE」「夜空ノムコウ」――。数々のヒット曲で、それまでのアイドル像を塗り替えてきたSMAP。実は、彼らの代表曲の中には、別のグループ向けに構想されていた曲や、事務所から一度は難色を示された“却下案件”もあったという。常識にとらわれない発想から生まれたヒットの舞台裏を、音楽プロデューサー・鎌田俊哉氏が明かす。※本稿は、音楽プロデューサーの鎌田俊哉『ヒットのつくり方』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。
「夜空ノムコウ」じゃなかったのか…SMAPの大ヒット曲、もともとは「演歌?」と思われた曲名だった
「おばちゃん、歌うまいね。なんて名前?」近藤真彦が放った天然すぎるひと言…周囲が凍りついた超大物歌手の実名
鎌田俊哉
「スニーカーぶる~す」で鮮烈にデビューして以来、近藤真彦は歌や芝居の技術だけでは測れない特別な存在感で、多くの人を魅了してきた。なぜ数多くの人気アイドルが現れては消えていくなかで、彼だけが“本物のスター”として輝き続けてきたのか。レコード制作を長年担当し、その素顔を間近で見てきた音楽プロデューサー・鎌田俊哉氏が、破天荒なエピソードとともに明かす。※本稿は、音楽プロデューサーの鎌田俊哉『ヒットのつくり方』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。
「おばちゃん、歌うまいね。なんて名前?」近藤真彦が放った天然すぎるひと言…周囲が凍りついた超大物歌手の実名
新着
業界
学び
特集 書籍
業界
製造業 銀行・証券・金融 保険 建設・不動産 コンサル・士業 商社 運輸・物流 IT・通信 AI・テクノロジー エネルギー 医療・製薬 食品・農業 小売・外食 サービス・エンタメ メディア・広告 スタートアップ・新規事業 教育 財閥・学閥 予測・分析
学び
経営・戦略 マネジメント ビジネス課題 ビジネススキル 営業・マーケティング マネー・投資 相続・節税 年金 キャリア・働き方 受験・子育て 教養