SMAPの5人 Photo:Visual China Group/gettyimages
「Hey Hey おおきに毎度あり」「がんばりましょう」「SHAKE」「夜空ノムコウ」――。数々のヒット曲で、それまでのアイドル像を塗り替えてきたSMAP。実は、彼らの代表曲の中には、別のグループ向けに構想されていた曲や、事務所から一度は難色を示された“却下案件”もあったという。常識にとらわれない発想から生まれたヒットの舞台裏を、音楽プロデューサー・鎌田俊哉氏が明かす。※本稿は、音楽プロデューサーの鎌田俊哉『ヒットのつくり方』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。
「Hey Hey おおきに毎度あり」は
KinKi Kidsが歌うはずだった?
SMAPが初めて1位を獲ったのは「Hey Hey おおきに毎度あり」(1994年)です。もともとは、フジテレビの子ども番組「ウゴウゴルーガ」のために、神戸出身の庄野賢一さんという作曲家がサビだけをつくっていた。番組で使わないことになって、「もったいない」とそれをABサビにしてフルバージョンをつくりました。庄野さんが神戸の人だったから、歌詞を関西弁にしたんです。
最初、KinKi Kidsに歌わせようかと思っていたら、事務所に「こんなのキンキに歌わせられない」と言われ、SMAPに歌わせることにしました。関西人じゃないのに歌詞が関西弁で面白いと思って、内緒でつくったんです。
あとですごく怒られましたけど、彼らはこの曲で初めて1位になりました。曲調も経緯もいたずらみたいなふざけた曲で、少年隊の「仮面舞踏会」とは大違いですが、それが時代の違いなんです。
元は垢抜けないタイトルだった
「夜空ノムコウ」の原型
1990年代にオフィスオーガスタの森川(欣信)社長とつながりができて、そこから生まれた2曲があります。







