近藤真彦さん近藤真彦さん Photo:SANKEI

「スニーカーぶる~す」で鮮烈にデビューして以来、近藤真彦は歌や芝居の技術だけでは測れない特別な存在感で、多くの人を魅了してきた。なぜ数多くの人気アイドルが現れては消えていくなかで、彼だけが“本物のスター”として輝き続けてきたのか。レコード制作を長年担当し、その素顔を間近で見てきた音楽プロデューサー・鎌田俊哉氏が、破天荒なエピソードとともに明かす。※本稿は、音楽プロデューサーの鎌田俊哉『ヒットのつくり方』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。

歌も声もいいフミヤに
マッチが負けなかったワケ

 僕が初めてスタッフについたのがマッチ、近藤真彦です。最初は小杉理宇造さんのアシスタントとして始まって、ディレクターを任されたのは「一番野郎」(1984年)からかな。

 デビューした頃のマッチは粗削りの極みというか、ダミ声で力任せに歌っていました。デビュー前にマッチの声を聴いた筒美京平先生は「なんてジャガイモを連れてきたんだ」と思って、「この子には怒鳴るような曲しかないな」と一連の曲をつくったそうです。レコーディングのとき、最初から最後まで全力で歌うから、エンジニアがフェーダーを下げちゃったぐらい(笑)。

 素のまんまなんですよ。歌も踊りも芝居もやったことがない野球少年が芸能界に放り込まれて、いきなり売れちゃったんだから。マッチは当時のことを「この人についていけばいい、みたいな先輩もいないから心細かった」と言ってましたけどね。

「スニーカーぶる~す」も「ギンギラギンにさりげなく」も、声を張り上げる応援団みたいでしょ。もはや歌でもないような。なのに不思議と惹きつけられるんです。踊るでもなく、ただ悶えながら歌う感じが、ひたむきで、熱血で、情熱的っていうのかな。ジャニーズでピンを張れる本物のスターはマッチ、トシちゃん(田原俊彦)までです。

 僕がマッチをやっていたときにチェッカーズが出てきて、(藤井)フミヤくんがすごく歌がうまくて声もいい。「これは負けるな」と思ったけど、そうはならなかった。

 2023年かな、明治神宮で行われた「葉加瀬太郎音楽祭」にマッチとフミヤくんが出たんです。「久しぶり」とふたりが話していて、僕も嵐の曲を書いてもらったことがあるからご挨拶したんだけど、ステージを見たらやっぱりオーラが違うんです。

 フミヤくんはバンドの一員だったでしょ。対してマッチはひとりで看板を背負っていたから。ジュリー(沢田研二)やショーケン(萩原健一)もすごいけど、バンドから独立した人なので、やっぱりマッチとは違うんです。

 マッチのデビューは1980年だけど、たぶんそのあたりに出てきた人までなんだろうな。女性でいえば(松田)聖子ちゃんとか(中森)明菜ちゃんとか。女性のソロ歌手であそこまでのスターっていないですもんね。椎名林檎はミュージシャン、宇多田ヒカルはアーティスト。やっぱり別枠です。“スター”として、マッチやトシちゃんの抜けのよさを超えられる人はその後、出てないんですよ。