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世界のビジネスプロフェッショナル 経営者編

リチャード・ブランソン
[ヴァージングループ創業者]

【第22回】 2008年2月28日
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リチャード・ブランソン 波瀾万丈の人生を送るリチャード・ブランソンは、ヴァージングループを多方面に展開することによって、安定不変をよしとする伝統的な事業分野に、スリルと冒険に取り組む意識を持ち込んだ。子ども時代には、校長よりも学校をうまく運営できると考えたり、セキセイインコの飼育で儲けようとして失敗したり、「スチューデント」という名の雑誌を発行したりした。

 メールオーダーのレコード販売はレコード店を開店するまでに成長し、さらにレコードレーベルの立ち上げ、そして航空会社の設立にまで発展した。

 とてもあり得ない展開のようだが、ブランソンはいち早く気がついていた。つまり、よいブランドというものは、慎重に扱いさえすれば、たとえばコンドームから衣料品に至るまで、あるいは個人金融から鉄道まで、どんなものにも拡大できるということだ。ヴァージングループの旗のもとに巨大な帝国を築き、自らの考えの正しさを立証している。

生い立ち

 リチャード・チャールズ・ニコラス・ブランソンは1950年7月18日、イギリスの裕福な中流家庭に生まれている。父親は法廷弁護士で、開業したとき資金は乏しかったが、株式仲買人が多く住むサリー郡の中心、シャムリーグリーンという村に家を借りていた。ブランソンは特権的な個人教育を受けた。最初はスケイトクリフ小学校、次にストウというイギリス一流のパブリックスクールだった。

 ストウでは勉強にはほとんど興味がなく、スポーツに少し関心を示しただけだった。けれども、ブランソンには確固とした自信や信念があった。3回も初級数学の試験に落第していながら、次のように断言している。「僕なら校長先生よりもこの学校をうまく運営してみせる」。そして実際に、その校長にメモを書き、そこで独自の校則の改正案を示しながらこう提言した。「6年生には1日あたり2パイント(約1.1リットル)までのビールを許可すること」

 校則が改定されたとしても、ブランソンは恩恵を受けることはなかった。ビジネスの世界に羽ばたきたいという思いから、16歳で学校を中退したからだ。当時の校長は、ブランソンは大金持ちになるか、刑務所に入るかのどちらかだろうと語っている。大金持ちになったのは幸運だった。もっとも、関税消費税庁との争いで刑務所行き寸前になったこともある。

成功への階段

 ブランソンが熱心に取り組んだ最初の事業は、弱冠16歳で創刊した「スチューデント」という名の雑誌だった。この雑誌を創刊する以前、すでに学生として手がけた事業で2度失敗している。セキセイインコの飼育とクリスマスツリーの育成だ。この雑誌の仕事も大してうまくいかなかった。

 次に、ポピュラー音楽の知識が乏しいにもかかわらず、なぜかレコードのメールオーダー会社を設立するというアイデアを実行している。自分あてに届けられる代金支払いの小切手が、実際に郵便受けにあふれるのを見て初めて、自分が事業に成功したことを実感した。

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