
焼き上がったパンを噛みしめるたび、甘みと幸せが口内にひろがっていく。パスタもラーメンもうどんもしかり、小麦はまさに自然の恵みの最たるもの。人類にとって、小麦との相性は最高に見えるが……。だが、ここで冷静に考えてみたい。当の小麦からすれば、われわれの姿はどう映っているのだろうか?※本稿は、ビル・フランソワ著、河合隼雄訳、山本知子訳『ライ麦はもともと小麦に間違えられた雑草だった 食材と人類のウィンウィンな関係』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
サルを利用した
小麦の賢い戦略
2万年前まで、小麦は道端に生えている粗末な野草にすぎなかった。ある日、小麦は、西アジアのメソポタミア地方を流れるユーフラテス川流域のサバンナをさまよっていた扁平足のサルに出会った。サルはおとなしく、丈夫だし、何より簡単に繁殖する。つまり、家畜としてちょうどいい。そこで小麦は、サルをおだてることにした。
まだ「ホモ・サピエンス」と自称もしていなかったこの霊長類は、小麦の粒が大好きだった。だから、サルのほうからも小麦に近づいた。サルは賢いことに一度に全部食べてしまわずに、一部を蒔けば、翌年また新しい穂が生えることに気がついた。野草だった小麦は、まさにそれを待ち望んでいた。小麦にとってはしめたものだった。霊長類が小麦の魅力に屈したのだ。
小麦は徐々に進化し、人間にも収穫しやすくなった。捕食されないようできるだけ早く穀粒を地面に落とそうとする遺伝子を厄介払いすることで、野草としての習慣を捨てたのだ。逆に、穀粒が穂にしっかりとついたままになるようにした。人間の手によってひと粒の無駄もなく収穫されるためだ。作戦は成功した。小麦が人間に適応すればするほど、人間は小麦を消費し、あちこちに蒔くようになったからだ。
小麦は世代を重ねるごとに、お気に入りの個体を選んでいった。小麦の世話をよくしてくれる人にはたくさん摘めるようにして、生きのびるチャンスを高めてあげた。やがて、その地域の人々は土を耕し、畑に灌漑し、穀物を貯蔵するための道具の生産に生活の大半を費やすようになる。人々はそれを「労働」と呼んだ。
小麦は人間のエネルギーを独占する代わりに、お返しにカロリーという形でパンひとくち分ぐらいのささやかな還元をした。狩猟採集時代には、人々は週に15時間程度しか食べ物の心配をしていなかったが、小麦によって人々が育てられ、さらに小麦に選別されるようになると、その2倍から3倍の時間を費やして食べ物のことを考えるようになった。