『週刊ダイヤモンド』9月10日号の第1特集は「孫子〜現代に通じる『不敗』の戦略」です。ここ数年、日本で『孫子』ブームが起こっています。2500年前の中国・春秋戦国時代に書かれた兵法書が、なぜはるか時代が下った現代まで読み継がれているのでしょうか。孫子の魅力と人気の秘密に迫りました。

 『三国志』の曹操、戦国時代の武将・武田信玄、米マイクロソフトの創業者・ビル・ゲイツ氏、ソフトバンクグループの孫正義社長──。

 時代も国籍も違うこれらの人物に共通していることがある。2500年前に書かれた『孫子』に影響を受けている(いた)ことだ。

 曹操は自ら孫子の注釈本を書くほど孫子を使い倒し、戦いでは8割の勝率を誇った。武田信玄が孫子の一節「風林火山」を戦術に取り入れ、旗指し物にしていたことは有名である。ゲイツ氏は自著の中で何度も孫子を引用しており、孫社長に至っては、孫子をアレンジした独自の兵法を編み出すほどの傾倒ぶりだ。

 時を超え、国境も超えて読み継がれてきた孫子が、いま日本でブームとなっている。中国の春秋戦国時代という戦乱の世に書かれた兵法書が、なぜ現代の日本で脚光を浴びているのか。

 「個人も企業も激しい競争にさらされているということがある」。中国古典研究家で孫子関連の著作も多い守屋淳氏は、ブームの社会的背景をそう分析する。戦乱の世で生き残るための原理原則を説いた孫子の教えが、グローバルな競争が激化しているいま、必要とされているのではないかというのだ。

 ただ、競争が激しい時代に孫子が読まれているのは、「勝つ」ためのノウハウが詰まっているからではない。孫子は兵法書でありながら、最上の策は「非戦」だと言い切る。いったん戦えば、多かれ少なかれ人も組織も疲弊する。それ故にまず、戦うべきかどうかを考えよと説いているのだ。

 一般的な戦略論はいかに勝つべきかが主眼となるが、孫子は「不敗」の戦略で貫かれている。勝てない戦いはするな。もし戦うなら犠牲は最小限にせよ。当たり前だがなかなかできないことを、孫子はずばり指摘するのである。

 もう一つ、孫子で注目すべきものが緻密な観察眼である。原理原則を大所高所から述べるのではなく、人間観察によるミクロの視点が厚みを与えている。それが孫子に普遍性をもたらしているのだ。

上場企業アンケートで判明!3割の経営者が現場で実践

 自身の決断が数千、数万の社員の人生を変える──。大企業の経営者は、常に重責を担い、孤独と戦いながら決断を下している。だが、不透明な経営環境の中では、時に判断に迷うこともある。

 そんな経営者たちの支えになっているのが、孫子だ。本誌は上場企業の時価総額上位1000社に独自アンケートを実施し、経営者がどんな経営思想を参考にしているのか調査した。

 その結果、孫子に影響を受けたと答えた経営者の比率は31%に上った。ピーター・ドラッカー(44%)に次ぐ2位で、経営学者のマイケル・ポーターや世界的ベストセラー『ビジョナリー・カンパニー』の著者、ジム・コリンズよりも上だ。 

 では、約2500年前の戦国の世に生まれた孫子は、どのように現代の経営に生かされているのか。アンケート結果を基に読み解いてみよう。

 経営者が孫子の教えを最も活用しているのが、「部下や組織のマネジメント」においてだ。アンケートで自分が好きな孫子の言葉として「一に曰(いわ)く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法」(開戦前にリーダーが考えるべき五つのポイントについての指摘)を挙げた経営者が多かった。

 次いで活用例が多かったのが、孫子の本質である戦略論、つまり「競合他社との競争」だ。

 「彼(か)れを知り己(おの)れを知らば、百戦して殆(あや)うからず」(敵を知り己を知れば、100回戦っても危うくはない)という言葉はあまりにも有名だが、ほかにも「未(いま)だ戦わずに廟算(びょうさん)して勝つ者は、算(さん)を得ること多ければなり」(開戦前の作戦会議で勝算が立つのは勝てる条件が整っているからである)という言葉を挙げた経営者もいた。いずれも戦う前の準備が勝敗を決するという指摘である。

 孫子では、情報戦の重要性についても繰り返し指摘している。「而(しか)るに爵禄百金(しゃくろくひゃっきん)を愛(おし)みて、敵の情を知らざる者は、不仁(ふじん)の至りなり」(間諜への報酬を惜しんで敵の情報を収集しようとしないのは不仁の至りである)。三菱重工業の宮永俊一社長は「グローバル経営におけるインテリジェンスの重要性をいつも意識するため」にこの言葉を覚えている。

中堅・若手社員にも役立つビジネスのヒントが満載!

 『週刊ダイヤモンド』9月10日号の第1特集は「孫子〜現代に通じる『不敗』の戦略」です。中国・春秋戦国時代に書かれた兵法書である孫子は、はるかに時代がくだった現代、最強のビジネス書としてビジネスパーソンに読まれています。

 日本の経営学の第一人者である伊丹敬之・東京理科大学大学院イノベーション研究科教授は、特集内のインタビューで孫子ブームについてこう語っています。

 「孫子の特徴は、すごく深いところまで視点を掘り下げていること、短い言葉でありながら例えが非常に豊かであること、微妙なことをきちんと仕分けて考えていることです。これらは全て、今の日本の経営者に欠けている要素。だからこそ日本で孫子が必要とされている」

 一方、中国古典に明るい齋藤孝・明治大学教授は、孫子とビジネスの親和性について、次のように語っています。

 「成果を最優先し、好き嫌いの感情を排した徹底した冷静さは、ビジネスパーソンにとっても学ぶべき点が多い。孫子というと、組織のトップが学ぶべきものと敬遠している人がいるかもしれないが、若手でも中堅でも自分の立場や状況に読み替えて応用すればいい」

 兵法書とビジネス書、視点は違いますが、通底しているのは「不敗」の戦略です。本特集では、孫子の成り立ちから、現代に通じる応用・実践の方法まで、孫子の魅力を余すところなくまとめました。

 全13篇からなる『孫子』の簡単ポイント解説に加えて、孫子をわかりやすく理解するための特別なコンテンツも用意しました。

 累計2500万部を突破した「週刊ヤングジャンプ」連載中の大ヒットコミック「キングダム」とコラボレーションし、その名場面から垣間見える孫子の神髄を解説入りでまとめました。「キングダム」の読者(実は私もその1人です!)はもちろん、読んだことのない方でも、楽しんで読める内容になっています。

 孫子の教えをビジネスの現場で実践している大企業や中小企業の実例も、多数集めました。例えば、ソフトバンクグループの孫正義社長は、孫子を自らアレンジして「孫の2乗の兵法」を編み出し、実際の経営に生かしています。

 孫子が2500年も読み継がれてきたのには、理由があります。本特集で、その答えをみつけていただければ幸いです。